雑感など

内容の信頼性はこれを保証しない

人が潰されるとかそんなこと簡単に言わないでくれよ

 あるとき、僕の学校の先輩(女性)が共通の知人(仮に吉田さんと呼ぼう)についてこのように言った。「彼女は社会に出たら絶対に潰される」。先輩の言い分はこうだった。先輩と吉田さんはともに生徒会に所属していた。そこでの吉田さんの振る舞いが先輩には気に入らなかった。彼女は自分の善いところばかりを見られたがっている、鼻持ちならないナルシストのお嬢さまだ。だがそんなことが通用するのも学生のうちで、社会に出たら彼女は絶対に潰されるのだ。先輩は自信満々にそう言い放った。その顔は、われこそは社会の代表なりとでも言いたげだった。

 僕はいつものように適当に相槌を打った。これまで何度そんなふうに適当に相槌を打っただろうか。そしてそんなふうに表向きは話を合わせておきながら、僕の心は激しく反発していた。おい、人が潰されるとかそんなこと、簡単に言わないでくれよ、と。たしかに先輩の言うことには僕もある程度共感できた。吉田さんは必ずしも好感のもてる女性ではなかった。むしろ苦手なタイプだった。実際、あのやり方を頑なに貫こうとすれば反発する人がそれなりに出てくるだろう。だから社会に出たらそのことで苦労するかもしれないとは思った。

 先輩がそんなことを打ち明けるからには、先輩の眼には僕は「社会に出ても潰されない」タイプの人間だと映っていたのだろう。しかし何のことはない。僕だって何度も似たようなことを言われたことがある。いやもっと酷いかもしれない。潰されるならまだいい。お前は絶対に社会に出れやしない、みたいなことを言われたこともあった。そんな僕のことを先輩はちっとも見抜けていなかった。僕が演じている「社会適合者」の「先輩思いの素直な後輩」というキャラクターを僕の実相だと思いこんでいた。ところが先輩は、その人物が社会に出てもやっていけるかどうか判断するなら右に出る者はいないと自負しているかのように、たとえちょっとした愚痴であるにせよ吉田さんを裁断したのだった。

 だいたい、仮に本当に人を見抜く眼識があるとしても、人ひとりが、社会によってか個人によってか知らないが、「潰され」てしまうことは決して喜ばしいことなどではないはずではないか。ひょっとしたら先輩はそのことで吉田さんに同情したのだろうか? まさか。先輩はそれを憎悪に満ちた顔で言ったのだ。自分の予言が当たったら大喜びすることだろう。僕はいまでもそのときの顔を忘れられない。ああ、こういう人たちが社会を形作っていて、そして人ひとりを潰したりするのだろう、と絶望的な気持ちになった。そう、「社会」は人を潰したりしない。人を潰すのはいつだって人だ。だから僕は先輩に言ってやりたかった。たしかに吉田さんは早晩潰されてしまうかもしれない。でもそれは「社会」なんていう曖昧模糊とした存在ではなくて、僕やあなたのように生身の個人か、あるいは僕とあなたやその他大勢が結託した生身の個人の寄せ集めなんですよ、と。もちろんそんなこと口が裂けても言えなかったが。

 たしかに僕も吉田さんを好ましくは思っていなかった。というよりも苦手だった。いやはっきり嫌いだと思った瞬間もあったろうと思う。だが僕は彼女は彼女なりにどんな手段を使ってでも「社会」なるものを生き抜いてほしいとそのとき心から思ったし、いまでもそうであってほしいと願っている。僕が彼女のことを気に入らなかったのは、それは僕と彼女の相性の問題に過ぎない。それは彼女の生存に関わる問題などでは決してない。たしかに学校生活において嫌な思いをさせられることはあったけれど、卒業してしまえばたぶんもう二度とろくに会話することもないだろう人だ。そんな人、べつにのうのうとのさばってくれたらいいではないか。周囲の人たちに散々迷惑をかけても、生きてくれたらいいではないか。もちろん迷惑をかけられる周囲の人たちにしては堪ったものではないかもしれない。しかし迷惑をかけずに生きられる人などいない。みんな誰かに我慢してもらいながら生きている。

 それでも吉田さんは人一倍迷惑をかける人なのかもしれない。そんな彼女をどうしてやればいいか僕には分からない。こうやって文章を書いているあいだになにか名案が浮かぶのではないかと思っていたけれど、またしても思考は暗礁に乗り上げた。

 結局こんなろくでもない考えしか浮かばなかった。それはこういうことだ。私たちは誰ひとりとして生まれたくて生まれてきたわけではないし、たぶん他人に迷惑をかけたくてかけているわけでもない。だから度が過ぎないうちは大目に見ながら生きていけないものだろうか。夏の暑さや冬の寒さを仕方ないものとして我慢するように、迷惑な人も我慢できないものだろうか。実際に遭遇したときにどうするかはともかくとして、そんなふうに肝に銘じておくくらいはできないものだろうか。

 過去を振り返ってみれば、僕もあのころは随分他人に迷惑をかけたけれど今は割にマシになったな、などと思うときがある。誰だってそういう時期があるものなんじゃないだろうか。僕やあなたの身の回りの迷惑な人も、きっと人生でずっと他人に迷惑をかけてばかり生きてきたわけではないと思う。逆に他人に迷惑をかけられてばかりの時期もあったかもしれない。そうやって私たちはお互い様で生きていけないものだろうか。たしかに、世の中には本当にただひたすらに周囲の人間に迷惑をかけ嫌悪感をまきちらし憤りを覚えさせる天才のような人もいる。だがそういう人は稀だ。稀な人間は稀なんだから一人くらいいてもいいのじゃないだろうか。なにも潰さなくたっていいじゃないか。人間の命って、迷惑だからって潰したり、そんな蚊やゴキブリみたいに扱ってよいものではないと思う(蚊やゴキブリだって本当はよくない)。僕はたぶん間違っていない。でも間違っていないからこそ間違っている。それはわかっている。でも僕は、たとえ心底憎い人間であっても、その人が「社会」に潰されるのを見てほくそ笑んだり腹のなかで舌を出すような真似はいやだ。いやなものはいやだから仕方がないのだ。

食わず嫌いが『ノルウェイの森』を2日で読んだ

 僕が村上春樹を初めて読んだのは小学校高学年のときである。当時、僕には第一次読書ブームが訪れていて(それまでに比べて)いろいろと小説を読んでいた。そんな折に村上春樹の新刊が発売されて大変話題になったので僕にしては珍しくミーハー根性で手に取った。何の作品かを言うと年齢がバレるので言わないが、そんなに話題になるくらいだから『ノルウェイの森』より後であることは自明のことである。しかし読後感は、正直なところピンとこなかった。小学生だからというのもあったろうが、たぶん今読み返してみても少なくともその作品はつまらないと感じるだろうと思う。僕の趣味趣向は小学生の頃からほとんど変わっていない。

 次に村上春樹を読んだのは高校生3年生かもしくは大学1年生のときである。そのときは『風の歌を聴け』を読んだ。これは結構気に入った。どこが気に入ったのかと聞かれると困るが、村上春樹のことが好きな読者の大半はどこが好きなのか自分でもよく分かっていない気がするのでまあいいや(これは村上春樹を貶しているわけでも彼の読者を貶しているわけでもない。ただ私たちは村上春樹を評価するにはまだ時間的にも空間的にも密接すぎるだけだと思う。夏目漱石志賀直哉を評価しようと思えば、国語便覧やあるいはCiNiiで適当な論文でも読めば知ったかぶれる。しかし同時代の作家ないし芸術家についてある種の不穏当なバイアスなしに評価することはほとんど不可能に近い。いわば徒手空拳といった感がある。ましてや彼は曲がりなりにも私たちの暮らす国で生まれその国の言語で表現している作家なのである。)。

 しかし、その後はしばらく彼の作品を読むことはなかった。『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』を3部作を続けて読もうかとも思ったが、なんとなく乗り気にならなかった。それにはもちろん村上春樹に対する世評の影響も陰に陽にあった。村上春樹を読んでいるやつは底の浅い読書家きどりだが、村上春樹を読まないやつは天邪鬼の半可通だという、どちらにしても辛気くさいレッテルを貼られるような風潮がいまの日本には間違いなくある。それが鬱陶しくて村上春樹という存在を考慮に入れていなかった(実におこがましい言い草だが)。読みもしないが読まないわけでもない。通じるか分からないがそれが僕のスタンスだった。だが平たく言えばただの食わず嫌いだった。

 ところが僕はこの前の土曜日の昼過ぎに書店で『ノルウェイの森』を買い求め、日曜日の昼過ぎには読了していた。実は最新作『騎士団長殺し』は発売日に購入して読んだもののつまらなかったのでやはり当分村上春樹は読むまいと思っていた。だがこれはある程度読書をする人なら共感してくれると思うが、そのときの精神状態に鑑みて僕はいまなら『ノルウェイの森』にのめり込めるだろうと感じたのだ。もちろんそう感じたのは『ノルウェイの森』の梗概というか要諦をある程度知っていたからだが。

 そして実際、いつもの僕なら4日くらいはかけて読むだろう長さの本を、2日というか就寝時間を挟んだもののほとんど丸一日かけて丸呑みするように読んだ。それでいくつか分かったことがあるので記事にしてみることにした。正直に言って、この作家についてはあちこちで誰も彼もが好き勝手なことを言いたい放題言っているのでいまさら僕が何かを言う必要もなかろうと思うが、どうせ需要のない記事しかないブログだから気にしない。

 まず第一に、これは以前から分かっていたことだが、村上春樹という作家は100%間違いなく当代一の文章家だということだ。あるいは日本文学最高峰の、と言ってもよいかもしれない。文筆家ではなく文章家と書いたのは、(もしそれが可能であるとすれば)物語の筋や一文一文の意味を度外視して単に文章のみを評価して、それが極めて洗練されているということを言いたかったからだ。彼の文章は本当に無駄も癖もない。もちろん書いてあることはオシャレすぎて癖があるのかもしれないが少なくとも文章自体にはまったく癖がない。すっきりとした語句で過不足のない描写がなされている。だから読者は安心してスラスラと読み進めていくことができる。重要な事実を読み違えたまま読み終えてしまうのではないかという不安感がない。それが気に入らない人もいるかもしれないが、文章の良し悪しというのは何よりもまず意思疎通の滞りのなさだと考える僕のような人間にとって村上春樹の文章はひとつの完成形だと言える。現代日本語は村上春樹が形作ったと書いている人がいて、それはさすがに眉唾かもしれないが、ひょっとすると百年後の国語の教科書には本当にそう書かれているかもしれないと思えるほどである。それくらいに、彼の日本語は現代日本語表現においてニュートラルな位置にあると感じる。いまこうやって文章を書いていても、なんとなく彼の影響を受けている気がしてくるくらいである。実際、今日のインターネットを徘徊していれば、本人が気づいているかどうかはともかく村上春樹風の言い回しを好んで使用している人をよく見かける。

 第二に、やはりこの作家の評価はまだまだ難しいということだ。それはもちろん僕がエッセイを含めてもしょせん数作しか彼の作品を読んでいないということもあるが、先述したように時間的にも空間的にも彼と密接すぎるということもある。だが確かに言えるのは、この『ノルウェイの森』という作品に限っては決して万人受けするものではなく、これがベストセラーになったということはどうしても信じられないということである。保守的な文学愛好家が読めば「こんなものは文学ではない」となるだろうし、ふだん小説など読まない人が読めば「意味がわからない」「ただの官能小説」となるのも当然のことだ。しかしそれでも村上春樹という作家が独自の世界を作り上げることに成功していることは間違いない。同時代の作家をぐるっと見回してみても、あらゆる意味で村上春樹と同様の世界を味わわせてくれる者はひとりもいない。だがその世界を理解しそして味わいたいと思う読者はきっとひと握りだと思う。だからこそ近ごろは過剰ともいえるブームが落ち着いてきて「化けの皮が剥がれた」などと言われるようにもなったのだろう。村上春樹が本当の意味で評価されるのは結局のところまだ随分先のことなのだろうと思う。それはあるいは「死後30年」経ってからかもしれない。僕は彼の死後30年経ってもきっとまだ生きているだろうから、その日が楽しみではある。

「自意識の揺れを吹き飛ばしてくれるもの」

 作家(経済評論家ではない)の村上龍がラジオでこんなことを語っていた。村上春樹が絶大的な人気を獲得したのは、彼の作品は「自意識の揺れ」を描いていてそれが世界中の人々の共感を呼ぶからだという。僕は村上作品はほとんど読んだことがないのでこの意見の当否は考えるべくもない。僕の気に留まったのはむしろその後の発言である。曰く、村上春樹は「自意識の揺れ」を描いているけれども、自分が好きなのはそういう「自意識の揺れ」を吹き飛ばしてくれるものだそうである。

 「自意識の揺れ」は必ずしも悪いことではない。それは村上龍自身も言っている。そしてそれを文学において描くことも意義深いことだ。世の中の小説家がみな村上龍のような価値観の持ち主だったら、文芸というジャンルから豊かさがなくなってしまう。春樹がいて龍もいるからこそ面白い。それは間違いない。

 そして、実際、多くの若者は多かれ少なかれ「自意識の揺れ」を経験するものである。「自分とは何か?」「自分には何ができるのか?」「どうして自分はこうなのか?」「自分が存在する意味はあるのだろうか?」そんな数多の疑問文が、若者の脳内では渦巻いている。そこから抜け出せないまま大人になったような子どものままのような曖昧な存在になってしまうこともある。それが良いことか悪いことかはともかくとして。

 そういった「自意識の揺れ」は、繰り返すが、悪いことではない。なぜなら、そういった揺れを経験するなかで若者は理想の自己像を描き出していき、また同時にそれを現実のまだ何もできない自己とすり合わせながら少しずつ社会へと着地していくものだからだ。ある者はより理想に近い地点へと着地し、ある者は理想からかけ離れた地点へと着地する。その差は残酷かもしれない。しばらくは理想と現実の歴然とした差に打ちひしがれるかもしれない。しかしいずれは、かつては切実なものに思えていた理想も、まるで遠く霞に包まれた風景のなかの一点のようにしか見えなくなる日がくるのだ。

 とはいえ、いくら成熟のために必要な過程であるとしても、あるいはいずれ過去の一季節に過ぎなくなるとしても、他でもないまさに今、それを経験している者にとっては、「自意識の揺れ」とは実に苦しいものだ。どこを向いても果てしない水平線が見えるばかりの大洋に自分たったひとりで、いまにも転覆してしまいそうな頼りないぼろぼろの木舟を、惨酷な波に絶えず揺さぶられながらか細いオールで漕いでいるようなものなのだから。海が凪いでまったく進まないこともあるし、台風に巻き込まれて海が大荒れに荒れることもあるだろうし、孤独に耐えかねて叫び出したくなることもあるだろうし、船酔いをして不快な吐き気に悩まされることもあるだろう。

 そんなとき、少しでも気持ちを楽にするために、文学を、あるいは映画でもマンガでも音楽でもいいが、私たちは手に取る。そういった場合、二種類の作品が私たちを慰めてくれる。ひとつは村上春樹のように「自意識の揺れを描いた」作品で、私たちはそこに描かれている揺れと自分たちの揺れを重ね合わせ、孤独な苦しみをより大きな苦しみのなかへと溶け込ませ、肩の荷を軽くしてもらうことができる。しかし、時にはそういった「自意識の揺れを描いた」作品によって、より揺れが大きくなってしまうことがある。作品のせいかもしれないし、私たち自身のせいかもしれない。それはわからないが、いずれにせよそういうときは「自意識の揺れを描いた」作品はやめたほうがいい。

 「自意識の揺れを描いた」作品が逆効果になってしまうときには、もう一種類の作品、すなわち「自意識の揺れを吹き飛ばしてくれる」作品に出会わなければならない。凪いだ海に波を起こし、台風を退散させ、叫び声を吸収し、吐き気を発散させてくれる、そんな作品に触れなければならない。村上龍は間違いなくそんなとき味方になってくれる作家のひとりである。彼の作品の多くはそれだけのパワーを漲らせている作品だが、なかでも僕は『コインロッカー・ベイビーズ』をおすすめしたい。これは本当に凄まじい、日本文学の歴史に残る異色の傑作である。あらすじの紹介はしないが、物語の内容にも、それを表現する文体にも、いたるところから火山の噴火のようにエネルギーが溢れ出している。読むと涙を流してしまう小説は世にたくさんあるかもしれないが、僕は『コインロッカー・ベイビーズ』を読んで初めて、小説を読んで鳥肌が立った。それは本当に火山の噴火を目の当たりにしているかのような熱量だった。当時、部屋に引き籠もって窓をカーテンで閉ざしベッドに沈み込んでいた僕は、この小説を読み進むにつれ段々と身体が奮い立ち、最後の一行を読み終わり小説の世界から蹴り出されたときには玉のような汗をかいていた。これは誇張ではない。以来、忘れられない読書体験のひとつとなっている。

 しかし、僕にとって「自意識の揺れを吹き飛ばしてくれた」より大きな存在は、ベートーヴェンである。中学3年生のとき、とにかくいろいろなことが積み重なって塞ぎ込んでいた僕は、ベートーヴェン交響曲第5番を聴いて驚愕した。自分の懊悩や葛藤がどうでもよくなってしまうほどの音楽が、まさかこの世に存在するとは夢にも思っていなかったからだ。そしてベートーヴェンの音楽を片っ端から聞いた。交響曲はすぐにすべて聞き終わったので次はピアノ協奏曲を聞いた、それからピアノ・ソナタも32曲全部聞いたし、弦楽四重奏曲もほとんど聞いた。どの音楽にも信じられないほどのパワーが満ち溢れていた。迫りくる楽音の洪水のなかでベートーヴェンの不滅の魂が躍動していた。何百年の時をも軽々と超越して彼は僕の心を叩きにきた。そしてこう怒鳴られているような気がした。クヨクヨしている時間などない、急げ、と。ベートーヴェンの音楽には、激烈なものもあれば優雅なものもあり、騒々しいものもあれば静謐なものもあった、苦渋に支配されたものもあった。しかし、どんな曲調であっても必ず、常に前に進む意志が、ベートーヴェンの曲にはあった。大波に打たれても、暴風に吹き飛ばされても、大木が倒れ掛かってきても、絶対に立ち止まりはしないという決意が迸っていた。

 ベートーヴェンに出会うまで、僕は芸術のことなどこれっぽっちも信用していなかった。所詮それは作り物にすぎない、と。小説にしても、作り物の人物の作り物の人生に喜んだり悲しんだりするのはばかばかしいとしか思っていなかった。しかし、それはあまりにも大きな間違いだとベートーヴェンに教えられた。芸術自体はたしかに作り物である。虚構である。だが、それを鑑賞する者が大いなる感動とともに芸術を体験するとき、それは単なる現実以上の真実になるのである。ひとりの人間が生み出した虚構が、会ったことも話したこともない他人の心を動かし、現実を打ち倒すのである。それこそが芸術の真価であった。自分の「自意識の揺れ」を芸術によって吹き飛ばされる経験をしたとき、僕はそのことを身にしみて感じた。

 もちろん、「自意識の揺れ」は一度吹き飛ばされたくらいでは完全に去っていてはくれない。ベートーヴェンによって一旦は吹き飛ばされた台風はまたすぐに僕のもとへ戻ってきて、束の間に差し込んでいた陽光を無惨にも遮った。そして僕はまだ「自意識の揺れ」から脱しきれていない。しかし今でも、そう多くはないが、ときに素晴らしい芸術と出会い、ひとときの解放を味わうことがある。だからこそ僕は今では芸術の力を信じて疑うことがない。そして、いずれは自分が、「自意識の揺れを吹き飛ばしてくれるもの」を生み出せるようになりたいと思っている。

小説にしかない魅力はすべてミラン・クンデラが教えてくれた

 最近、小説はどうしてなくならないのだろうという疑問について考えている。自分自身、小説が好きであるにもかかわらず、どうしてそのようなことを疑問に思うのか。それは、物語を伝える他の媒体(映画や演劇、マンガなど)に比べて小説にどのような表現上の利点があるのかさっぱりわからないからだ。

 小説というのは原則として言語のみで物語を伝える。まれに挿絵があるものもあるがそれは例外である。映画は映像と音楽と言語で、マンガは画像(絵)と言語で、小説とほとんど同様のことをする。演劇はちょっと特殊だけど、役者の演技という映像もあるし、当然喋るのだから言語もある。となると、ごく単純に考えても、手段が二つ以上の映画、演劇、マンガと比べて、手段が一つしかない小説は分が悪いに決まっている。

 僕は、とくに映画に比べて小説というのはいかにも非力だと思う。何と言っても映像の力というのは本当にすごいのだ。たとえば、汚い例で大変申し訳ないが、いま僕が言葉で「彼はアスファルトの道路に吐瀉物をぶち撒けた」と書いたとして、いかほどの不快感を読者に与えることができるだろうか。その不快感は、実際の人間が嘔吐している姿と地面に広がる吐瀉物の映像を見せつけられる際に比べれば本当に他愛のないものである。不快感である必要はない。言葉で「彼は彼女の肩口から指先まで隈なく、ゆっくりと口づけをしていった」などと書くぎこちなさに比べれば、映画のベッドシーンの官能性は言うまでもない。

 かてて加えて、映画には音楽(劇伴)という武器がある。これは本当に強力である。ためしに、『2001年宇宙の旅』をミュートにして鑑賞して、それから音声つきに戻してみると良い。あの映画が、「ツァラトゥストラはかく語りき」「美しく青きドナウ」といったクラシック音楽をいかに効果的に用いているか、またそのおかげで名作となり得たということが嫌でも分かるだろう。作家志望が書いたろくでもない小説で、「僕の頭のなかで(曲名)が流れた」などという一文と出くわすことがあるが、それも音楽のあまりにも強い力を拝借したいという願望の現れであろう。

 さらに昨今、映画には、CGというとんでもない技術まで導入されている。この技術によって映像表現の地平は飛躍的に広がった。それは現実には存在し得ない事物をあたかも現実に存在しているものと同じようなリアルさで画面に登場させることを可能にした。たしかにアナログな手法の持つ独特な魅力もあるのだろうが、一度「トランスフォーマー」シリーズの映像に打ちのめされてしまえば、もはやCGという最新技術を毛嫌いする理由などどこにもないことがよく了解できるはずだ。

 演劇、マンガの場合に対しても小説はなんとも頼りない。演劇でいちばん力を持っているのはやはり役者の存在感である。生の人間の生の身体が動いたり声を出したりすることの迫力というのは何ものにも代えがたい。物語が眼の前でまさにいま展開しているという臨場感がある。そして、マンガの強みはCGの場合と同じで、現実には存在し得ない事物を絵画的な説得力によって導入することができる点である。マンガの非現実的な表現はある意味ではCGよりもすごい。CGは結局のところ三次元をどれだけ再現するかにかかっている。しかしマンガはそのしがらみがない。マンガで美少女の表現が発達したのもそのためであろう。CGで美女を生み出してもどことなく嘘くさいが、マンガはそもそも三次元的なリアルを模倣する必然性から解き放たれている。

 映画、演劇、マンガ……これらの媒体に比べて、いったい小説にはどのような強みがあるだろうか。僕にはちょっと思いつかない。想像力を働かせて読むことができるとはよく聞くが、人間の頭のなかで描ける風景などたかが知れているのではないだろうか。「机の上にはリンゴ、バナナ、マンゴーが雑然と置かれている」という一文を読んだら、おおかたの人間は「机」「リンゴ」「バナナ」「マンゴー」を順々に思い浮かべるだけで終わるのではないだろうか。僕の想像力が乏しいだけかもしれない。しかし、映像で見れば一瞬で済む話ではないか。だいたい、想像力を働かせるだけなら何も小説など読む必要はない。小説は他人の想像力に乗っかっているだけだが、僕らはベッドの上でいくらでも自分のお気に召すままに空想の世界に浸れるのだから。

 あとは、文章表現を味わうことができるからというのもよく目にする小説の擁護だ。これはそこそこ的を射ていると思うが、映画、演劇だって活字にはなっていないにせよ言語を用いるのだし、映画の名ゼリフなどをまとめたサイトがたくさんあることを考えれば、多くの人が映画の言語表現をも楽しんでいることは言うまでもない。そしてマンガは言わずもがな活字の言語表現がある。そしてマンガの名ゼリフなどというのも枚挙にいとまがない。小説が文章表現だというのは単なる量の問題に過ぎないのだ。

 そうは言っておきながら、小説に特有の魅力があることはどうしても否定できないのである。なぜなら、もし一切見るところなしの媒体であったのならとっくに衰退してあるいは消滅しているはずだからである(いや、実際かなり衰退はしているのだろうが)。映画やマンガがなかったころに小説が人気だったのは当然であるが、それらの別種の媒体が発達した現在でも年間に膨大な数の小説が生み出され消費されている。その事実だけでも、映画や演劇、マンガさえあれば小説などこの世に必要ないというわけではないことを十分に証明してしまっている。

 ではとどのつまり小説の強みとは何なのか。答えは人によりけりだろうがそんなことを言っても不毛なだけなので、僕なりの考えを書いてみる。この問題に対するには、これは映像化/マンガ化できない(しても同等の出来にはならない)だろうと考えられる小説作品にどのような魅力があるのかを考えれば良いと思う。そうすれば小説でしか味わえない何かの正体が朧げなりともつかめるはずである。

 そう考えたとき、真っ先に僕の頭に浮かんでくるのはミラン・クンデラの小説である。たとえば彼の代表作『存在の耐えられない軽さ』は次のような書き出しで始まる。

永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた。われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて! いったいこの狂った神話は何をいおうとしているのであろうか?」(集英社文庫、6ページ)

  いかかだろうか。とてもじゃないが小説の冒頭とは思えない文章である。とはいえ決して哲学書ではなくれっきとした小説であり、さらに言えばいちおう恋愛小説である。世の女性たちは(男性もか)こんな恋愛小説などまっぴらごめんだと考えるかもしれないが、実際この小説は全世界で極めて高く評価され、ミラン・クンデラは20世紀を代表する作家としてノーベル賞の万年候補となっている(万年候補は村上春樹だけではないのだ)。

 さて、この『存在の耐えられない軽さ』は、実は映画化されているのである。しかしこれは僕に言わせれば長ったらしいだけで実につまらない。理由は至極はっきりしていて、上に引用したような小難しい観念的な文章がきれいさっぱりなくなって、単なるラブストーリーと化してしまったからである。当然である。こんな文章をどのように映像化すれば良いというのであろうか。そもそも、なぜこの小説を映画にしようと思ったのか監督に三日三晩かけて問い詰めたいし、なぜ映画化を許可したのかミラン・クンデラに聞いてみたいところである。この小説の筋はそれは大したことがない恋愛小説のそれである。それがなぜ僕の好きな小説ランキングトップ10に入るかといえば、作者クンデラがいちいち顔を出して物語に注釈をつけ思索を披露するのが面白いからである。たとえば次のように。

「だが重さは本当に恐ろしいことで、軽さは素晴らしいことであろうか?

その重々しい荷物はわれわれをこなごなにし、われわれはその下敷になり、地面にと押さえつけられる。しかし、あらゆる時代の恋愛詩においても女は男の身体という重荷に耐えることに憧れる。もっとも重い荷物というものはすなわち、同時にもっとも充実した人生の姿なのである。重荷が重ければ重いほど、われわれの人生は地面に近くなり、いっそう現実的なものとなり、より真実味を帯びてくる。」(同上、8-9ページ)

  書き写しながらうっとりしてしまうほど独創的な思索である。ふつう小説を読むときには作者の顔がうっすらとでも見え隠れするのを読者は好まない。しかしことクンデラ太宰治に限っては事情はまったく逆である(僕は太宰は読まないがたぶん間違っていないはずである)。僕は別に、100%でっちあげの物語をあたかも現実の出来事であるかのように思い込んで一喜一憂するためにクンデラの小説を読むのではない。僕はクンデラに会いにいき話を聞くために彼の小説を手に取るのである。ちょっと気難しいが頼めば渋々といった様子で次から次へと興味深い話をしてくれるクンデラ先生の家を訪れるように、彼の著書をひもとくのである。だからクンデラの小説は読者をだまくらかす気が一切ない、まったくの虚構であることを隠す気が微塵もないけれども、それで一向に構わないと思うのである。

 クンデラは評論集も四冊出していて、そのうちのひとつ『小説の技法』(岩波文庫、2016)において、小説に残された可能性は4つであると断言している。「遊び」「夢」「思考」「時間」である。このうちクンデラが自作で最も重視しているのがすなわち「思考」ということになる。ここでうんちくを傾けるならば、クンデラが強く影響を受けているのはロベルト・ムージルヘルマン・ブロッホという作家であり、とくにヘルマン・ブロッホクンデラ以前に小説に評論・エッセイを導入した画期的な人物である。そして、クンデラが考える優れた小説とは、まさにそういった読者を思考へと誘う小説なのである。その点、彼はしっかりと有言実行していると言えるだろう。僕は高校生のころクンデラの文学に出会い、心の底から魅了された。以来、クンデラが誘ってくれた思考の世界で僕はいまだに彷徨い続けている。彼の文学は僕の現在の文学観のほぼ9割くらいを形成したし、また人生観の5割くらいは彼の文学によって醸成されたといっても過言ではない。思うに、最も魅力というか魔力のある作家とは、思春期の読者を魅惑しその後の人生観やものの見方考え方に決定的な影響を与えられる作家ではなかろうか。その点、僕にとっての文学的ヒーローは永遠にミラン・クンデラであり続けるだろうと思う。

 小説にしかない強みは何かを考えようとして記事を書いていたら、いつのまにか自分が好きな作家の紹介になってしまっていた。でもそれが僕にとっての答えなのだ。ミラン・クンデラという作家が登場したということだけでも、小説という芸術がこの世界に生まれた意義はあったのだ(というのはさすがに言いすぎかもしれない)。要するに、読者に直接的に思考を促すことができるのが小説にしかない強みのひとつなのだ。映画にも思考を促されるものはあるが、あくまで間接的だから気づかずに素通りしてしまうこともある。なにより考え事をしながら映画なんて見ていられない。その点、小説は立ち止まっても全然問題ない。その鈍臭さこそが実は小説の魅力にほかならないのである。

 ちなみに、僕がいちばん好きなミラン・クンデラ作品は、処女長編である『冗談』(岩波文庫、2014)である(この小説は、好きな小説ランキング暫定1位でもある。今度またじっくり紹介したいと思っている)。その次に好きなのが『不滅』(集英社文庫、1999)と『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫、1998)で、あとの作品はどれもそれなりに面白いが、フランス語で書くようになった『緩やかさ』(集英社、1995)以降はあまりおすすめしない。

冗談 (岩波文庫)

冗談 (岩波文庫)

 

 

「生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」

 忘れられない記憶がある。ある雨の日のことだ。

 僕はそのとき高校生で、その日もいつも通り学校に行って、授業を受けて、それから電車に乗って最寄り駅まで帰ってきた。駅の構内を出ると、にわかにぽつぽつと雨が降ってきた。本降りになるまえにさっさと帰ってしまおうと、急ぎ足で駐輪場に自転車を取りに行った。自転車に乗って駐輪場を出ると、もうかなり雨脚が強くなっている。仕方がないので傘さし運転をすることにした。傘をさしながら片手で自転車をこぎ進めていくと、ひとりの小学生の女の子が前を歩いていた。傘をさしていなかった。そこには屋根があったのでまだ濡れていないようだったが、少し前方はもう雨ざらしの道である。

 僕の頭にはひとつの選択が浮かんだ。女の子に傘を渡すという選択である。だがそれは実行に移す前に差し止められた。そんなことをしたら不審者扱いされかねないし、第一、見知らぬ高校生から傘を渡されて素直に受け取る小学生はいないだろう、そう思ったからである。人助けをしようなどと思わないほうがいい、近ごろよく目にするようになったそういう意見になびいてそういう考えをしたのは間違いない。

 傘を渡すか、渡さないか、どちらの選択肢をとるべきだろうかと考えながら、ゆっくり自転車のペダルをこいでいるあいだに、僕は女の子に追いつき、それから追い抜いた。屋根がなくなる寸前で足を止めてためらっている女の子を見て見ぬふりする瞬間は心が痛んだ。だが女の子が視界から消えてしまったらもう葛藤もなくなった。渡さないのが正しい選択に決まっている、そう確信して僕はペダルをこぐ脚の力を強めた。

 後から振り返って、僕はどうして傘を渡さなかったのか、少なくとも渡そうとしなかったのか、非常に後悔した。実際、まさか不審者扱いされることはなかったろうが、受け取ってもらえない可能性は十分にあった。とはいえそのときはそのときではなかったか。べつに気にすることなくそのまま帰ればよかったのだから。それをなぜ僕は渡さないという決断を下したのか。単純に、臆病だったからだ。不審者扱いされて自分が不利な立場に陥るのが恐ろしかった。自分の善意からの行為が拒絶され自尊心を傷つけられるのが恐ろしかった。ただそれだけのことだ。どちらも自分の身を第一に考えていた。そもそも、傘さし運転は本来許されていない行為だ。そんなことに傘を使うのであれば女の子に渡してしまい、自分は大急ぎで家に帰りシャワーでも浴びればよかったのだ。

 なにもそこまで深刻に考えなくても、たとえびしょ濡れになっても風邪を引いたりはしないだろうと言う人もいるかもしれない。真相は不明だが、確かになんの実害もなく終わった可能性のほうが高い。それでも風邪を引いてしまった可能性はある。そうでなくても女の子は雨に打たれながら、傘に守られて悠々と横を通り過ぎていく僕や他の大人たちを見て、世界と人間のことが少し嫌いになってしまったかもしれない。子どもが世界と人間のことを嫌いになってしまうのは、風邪を引くことよりもより悪いことだ。風邪は薬を飲んで寝ていればすぐに治る。厭世観は根が深い。

 それらすべては何事も大げさに考える癖のある僕の勝手な推測に過ぎないが、そういった推測を度外視するにしても問題は片付いたことにはならない。少なくとも僕にとってはそうだった。あのとき、僕は雨に濡れて帰ることを余儀なくされている小学生の女の子を無視して通り過ぎたが、同時に、僕の心を訪れた最善の感情をも無視したのだ。自転車でさっさと帰れる男子高校生の自分と、小さな足取りでゆっくり家に帰らなければならない小学生の女の子、どちらが傘を持つことが最善か、それは考えるまでもないことだし、事実、僕は考えるまでもなくその最善の選択肢を思いついた。にもかかわらずその選択肢は黙殺されたのだ。

 後にある言葉と出会ったとき、真っ先にこのときの出来事を思い出した。「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」。哲人皇帝と呼ばれた、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの言葉だ。マルクス・アウレリウスは哲人皇帝と呼ばれたほど聡明な人物で、哲学者になることを望んでいた。しかし、ローマは彼の治世のほとんどのあいだ戦争状態だった。そして戦争の最前線で心身ともに疲弊するなか、彼は自分自身を鼓舞するために言葉をつづっていた。それが現在、『自省録』として多くの人に愛読されている。そのなかの言葉である。思慮深い人格を持ちながら、実人生においては必ずしも善人であることができなかった者であるだけに、いっそうの説得力をもってその言葉は僕の胸に迫ってきた。

 それから僕は、自分の心に自然と湧き上がってくる最善の感情を、できるだけ取り逃してしまわないように努力してきた。いつでも実行できたわけではない。嫌な思いをすることもあった。それでも僕は、生きているうちに善き人となりたいと思っている。自分の人生の忙しさを、他人の心を想像しようとしないことの理由にはしたくない。優しさは突然の発露などでは決してない。優しさとは習慣のことだ。高校生のころの僕は、他人のことを慮る習慣よりも自分の身の安全を確保する習慣のほうを数段強く持っていた。だから自分が濡れないために傘を握る手に力を込めることができた。もしそのとき僕が優しさという習慣を持っていれば、きっと迷うことなく傘を差しだしたことだろう。

 あのころから僕はどれほど優しくなれただろうか。善意を押し付けるばかりの迷惑な人間にはなっていないだろうか。そんなことをいくら考えても、あの日ずぶ濡れになって帰った女の子への償いにはならないけれど、次また同じような状況に出くわしたとき、自分の心に訪れる最善の感情を押し殺してしまわないように訓練し、そしてほろ苦い自己満足の混じった懺悔をするつもりで、ときどきあの雨の日の記憶を思い出す。

何があっても卑屈にだけはなるな

 僕は、人が人に対して卑屈になっているのを見るのが何よりも嫌いだ。学校では、そんな場面を嫌というほど見てきた。生徒は大方みんな教師に対して卑屈だった。教師の言うことがすべて正しいのだから、叱られるときは自分が悪いのだ、そう考えていると思われる人がたくさんいた。そういう人は、どんなに理不尽な理由で叱られても絶対に反論をしようとはしなかった。ただひたすらに項垂れて、涙するだけだった。僕は別にそんなに気が強いわけでも腕っ節が強いわけでもなかったが、どういうわけか卑屈に振る舞うことが我慢ならない子どもだったので、よく教師に楯突いていた。同じ行為をしていたのに男子だけが叱られ女子が放免されたときなどは、友だち数人で他の男子たちをけしかけて教師に歯向かった。そのときは明らかに僕らのほうが正しかったので、さすがの教師も何も反論してこなかった。とはいえ弁明することもなかった。有耶無耶にして終わらされた。しかし僕たち生徒にとっては貴重な勝利だった。(もちろん、最初に叱られるような行為をしたのは僕たちだが、それについてはきちんと謝罪をしたうえでの抗議だった。)

 あるいは、弱い生徒は強い生徒に対して卑屈だった。僕は深刻ないじめに遭遇したことはない(加害者としても被害者としても)のだが、それでもやはりそれの一歩手前のようなことは往々にしてあった。いわゆる「いじり」みたいなことである。中学生くらいの男子グループで、「いじられキャラ」がいないなどというのはほぼあり得ないと思う。そして「いじり」はふとしたきっかけで容易に「いじめ」へと発展していくのであるが、それはともかく、「いじり」というのは大抵が精神的なものだから発見して注意することが難しい。だから生徒のあいだで密かに横行する。特に多かったのは身体的コンプレックスを「いじる」もので、身長が小さい生徒や太っている生徒は容赦なく「いじり」の対象にされた(不思議な事だが、顔が不細工な生徒は対象外だった。僕を含めて)。僕は別段身長が低いわけでもないしガリガリだったので、まあガリガリと色白であることをちょっとからかわれることくらいはあったが、特に気にならない程度だった。しかし、「いじられ」ている生徒を見るのは気分が悪かった。これは極めて理不尽な感情だということは理解したうえでのことだが、「いじり」という行為をする生徒に対して腹が立つのではなく、「いじられ」ているのにもかかわらずヘラヘラ笑ったり俯いて何も言わない生徒に対して腹を立てていた。どうして何も言い返さないのか。どうして一発痛い思いをさせて黙らせないのか。僕には理解できなかった。僕は自分が「いじられキャラ」にされそうになったときは一度派手にひと暴れした。それ以降は僕を「いじろう」とする奴はひとりもいなくなった。だから同じ行為を他の「いじられキャラ」あるいはその候補たちにも求めていたのだろうと思う。

 この精神は今でもあまり変わっていない。大人になっても、というか大人になればなるほどかもしれないが、「いじり」はきちんと存在する。誠に遺憾なことではあるが事実である。そして標的になりやすいのは、どちらかといえば地味でおとなしい人物である。そういう人間を見つけると喜々として「いじろう」とする輩が世の中にはいる。そして大人になって「いじられ」る人はたいてい、学校時代でも「いじられ」続けてきた人である。だからいつもビクビクオドオドしていて、「いじられ」ても「いじられ」るままになっている場合が多い。これが僕には見ていて苦痛である。一度ガツンと言い返してやればまず間違いなく止むのである。にもかかわらず、「いじられキャラ」を続けてきた人というのはそれが板についてしまっていて、自己肯定感が極端に低いことが多いので、反論するなどという発想はまったくないのである。

 僕にもコンプレックスはたくさんある。身体的なものから、精神的なものや、社会的なものまで。数えだしたら嫌になって死にたくなるので数えないようにしている、それほどある。満載である。しかし、どれだけコンプレックスがあっても、それを表に出すことだけはするまい、と決めている。僕はあくまでも僕に対して恥じているのであって、他人や社会に対して恥じているのではないのだ。コンプレックスがあることはどうしようもない。どれだけ悩んで苦しんでも身長は伸びないし容姿は良くならない。だが卑屈になることは自分の意志でどうにでもできる。だから僕は何があっても堂々としているということだけは堅く決めている。失敗したら反省はするが、卑屈にはならない。また堂々と挑戦して同じ失敗をしてやるぞ、くらいの気持ちでいるようにしている。それが僕にできる唯一のことだ。だから世の中の卑屈になっている人たちにもぜひ言いたい。低身長だろうが不細工だろうがデブだろうがハゲだろうが毛深かろうが一重だろうがシャクレだろうが、低学歴だろうが低収入だろうが非正規だろうが社畜だろうが無職だろうが未婚だろうが童貞だろうが処女だろうが、それ自体は一切悪いことでもなんでもない。ただ卑屈にだけはなるな。卑屈になったら、誰かに揶揄されたり罵倒されたり軽蔑されたりしても仕方ないことと思わなくてはいけない。堂々としているべきだ。堂々としている人間を面と向かってからかえるほど勇気のある人間はこの世にそうそういるものではない。他人に対して恥じてばかりで常に下手に出ようとする人間を見つけたときに狂喜乱舞するあの輩どもに絶対に付け入る隙きを与えてはいけない。

ショートショート「待合室」

 シェードが降ろされている窓から初夏の活気に満ちた陽光が入り込んで、室内を舞っている埃の数々がキラキラと銀色に輝いている。壁の上方に設置されているテレビの画面はニュース番組を垂れ流している。微かに漂っている薬品のものらしい臭いによって、ここが病院の待合室であることを僕に思い出させる。

 微熱を宿して病院の待合室でぼんやりしていると、段々とここが一体どういう場所なのかを忘れていく。ソファーが横一線に、七列並べられている。皆一様に顔色が悪いが、どこを見ているかは人それぞれで、テレビを漫然と眺めている人もいれば、手もとの雑誌のページを次から次へとめくっている人、あるいは何がそんなに気になるのか右の手、左の手を交互に見つめながらさすっている人や、物思いに耽っている様子でシェードが降りて景色など見えもしない窓に顔を向けている人などがいる。共通しているのは、暇であることだ。ここは、何かをするために集う場所ではない。何もしないために集う場所なのだ。診察室の扉が開いて看護師が顔を覗かせ自分の名前を呼ぶのをじっと待つ、ここで求められるのはそれだけ。後は、何をしていても、何もしていないのと一緒だ。

 僕は自分以外の患者たちを一人ひとり観察している。まず眼についたのは明らかに具合が悪そうな、真っ青な顔であんぐり口を開けたままソファーの背もたれにぐったりと上半身を預けている、髪の毛が随分薄くなった中年のスーツ姿の男である。この男は相当ひどい病気に罹っているのではないかと思う。もちろん地元の中くらいの病院の内科だから、命にかかわるほどではないのだろう。それにしてもあまりにもぐったりとしている。今日は平日だから会社を休んだのだろう。いや、スーツ姿ということは、わざわざ早退して病院に来たということだろう。となると、やはりかなり状態が悪いのに違いない。

 病室の扉が開く音がして、看護師がとてもありきたりな名前を呼んだ。僕が観察していたスーツ姿の中年男がびっくりしたように顔をもたげる。呼ばれるのを待っていたのだからそんなに驚くこともないだろうと思うのだが、きっとウトウトしていたからだろう。呼ばれると分かっていても、ウトウトしているときに自分の名前が呼ばれればやはりそれなりに不意を打たれた思いになるものなのだろう。準備なんて往々にしてそのようなものだ。

 中年男はまるで取り調べに向かう容疑者のように悄然と診察室へ向かう。僕は、あの男の診察にはけっこう時間がかかるだろうなと思う。ひょっとしたら恐怖に怯える声や驚愕した叫び声が聞こえてきてしまうかもしれない、と身構えすらする。テレビ画面の向こうでアナウンサーが淡々と原稿を読む声が、待合室で患者が雑誌のページをめくる音が、妙に気になる。しかし予想は大きく外れて、中年男はものの5分程度で診察室から出てきた。僕は拍子抜けしてつい中年男の顔を凝視してしまい、彼と目が合った。思わず会釈すると、中年男も釈然としない顔で会釈を返してきた。次の患者の名前が呼ばれる。

 すると、あの中年男はそんなに具合は悪くないのだろうか。でも見るからに最悪の体調ではないか。となると初診ではないのかもしれない。今回は以前と同じ症状で薬をもらいに来ただけなのかもしれない。しかし、それが思い違いであることにすぐ気づいた。あの中年男は間違いなく初診だ。彼は僕がこの待合室に入ってきたときちょうど記入した問診票をカウンターに渡していたのだから。まったく当てが外れて僕の思考は停止した。考えられるのは、単に風邪かなにかありきたりの病気の症状がひどく悪化したことだ。それが一番ありそうである。しかし面白くない。なんといっても病院の待合室というのは暇なのだ。ちょっと深読みをするくらいがちょうどよい。だが、僕にはもうそれ以上複雑な想像をすることができなかった。

 そんなことを考えているうちに、診察室から若い女性が出てきた。ショートパンツから白い脚がすらりと伸びている。あんな格好で来られては医師も集中できないのではないだろうかと思う。例の中年男も糸で引っ張られでもしているかのように女性の脚を目で追いかけている。まったく男というものは病気だろうがお構いなしなのだ。中年男の名前が呼ばれる。男はまるで万引きを見咎められた中学生のように挙動不審にカウンターのほうを振り向く。僕は思わず笑いそうになるがこらえる。しかしすぐ隣に座ってきた例の女性の脚を一瞥することはこらえられなかった。僕が見つめた瞬間に彼女は脚を組む。赤いパンプスのつま先が前のソファーの黄緑色の背もたれに刺さる。僕は盛夏のトマト畑の風景のようだと思う。

 ところでこの女性はなぜ病院に来たのだろう。見たところすこぶる健康そうである。白い枕のような大腿を透かして見える血管はとても綺麗な翡翠色をしている。ナイフの鋭い切っ先で肌をなぞれば真っ赤な動脈血が勢いよく吹き出しそうだ。しかしその白い枕のうえに突然大きな顔が横たわる。女性が開いて太腿に置いた雑誌の広告ページだった。僕は少し残念に思った。そのまま目線を上に滑らせていって顔を拝見する。天は二物を与えず、というのはやはり本当だと僕は思った。

 僕の直前に受付を済ませていた大学生風の青年が名前を呼ばれて立ち上がる。彼もまた足の爪先から頭の天辺まで健康そのものといった様子である。病院の待合室にこれほど健康的な若い男女がいても良いものだろうかと僕は疑問を抱く。彼はなぜここに来たのだろうか。ひょっとするとテストに遅刻しそうになって大急ぎで病院に駆け込んで診断書をもらおうとしているのかもしれない。僕は自分の経験からそんな風に想像する。あのときの年配の医師は、どこからどうみても病身ではないにもかかわらず縋りつかんばかりの勢いで頼み込む僕に、訳知り顔で診断書を書いてくれた。きっちりそれなりのお金は取られたけれど、その代金で単位を買ったと思えば安いものだった。

 そんなばかばかしい思い出に浸ったりしているうちに気づいたらけっこう時間が経っていることに気づく。彼が診察室に入っていってから、少なくとも7,8分は経過している。どうしたのだろうか。あんなに不健康そうな中年男がものの数分で出てきて、あんなに健康そうな若い男性がもう10分も診察が続いている。僕は自分の見立ての悪さに呆れ返ってしまった。窓から差し込んでいた陽光が翳る。テレビ画面は番組が変わってドラマが映し出されている。二人の男女がリビングのテーブルに座っている。二人ともテーブルの上に手を出したままじっと俯いている。女がなにかを小声で言ったが、テレビの音量が小さくて聞き取れない。けれど表情や仕草でなにか深刻な話をしているのだろうことが推測できる。

 そのとき診察室の扉が開いて例の若い男性が出てきた。僕は目を見張った。様子が先ほどとあまりに違っていたからだ。青々とした竹のようにピンと伸びていた背筋が柳の枝のようにしだれ、顔はテレビドラマの男性とまったく同じように俯いて床を見つめている。振り子のように元気よく前後に振られていた腕は太腿に接着されて固められたように動かない。しかし依然として血色は良いし髪の毛も黒々と艶めいている。こんなに生気に満ち溢れた青年に一体どんな診断が下ったのか。僕は見当もつかずにただなんとなく申し訳なさを感じながら見つめていた。

 しかしもうほんの少しすれば僕も診察室へと呼ばれる。もうこれで30分と少しは待った。そろそろ待ちくたびれた。診察室の扉が開く。僕は自分の名前が呼ばれるのを待ち構える。え、僕の病状は何なのかって? それは……

 名前が呼ばれた。はい。僕は返事して立ち上がる。ゆっくりと診察室へ歩いて行く。待合室じゅうの患者が僕の背中を多少の興味とともに見つめているのを感じる。僕に見られていたあの患者たちもこのような感触を覚えていたのだな、と僕は気づく。眩い光の向こうにかかりつけ医の仏頂面が見える。僕の背後で診察室の扉が扉が閉まる。