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雑感など

内容の信頼性はこれを保証しない

自信がないなら死ぬしかない

 僕は長いあいだ自分に自信がなかった。

 人生においてなにかを継続したことがほとんどないせいだったと思う。小学生ころは友だちと遊ぶことばかりしていたし、中学生はみんな部活に入るなか僕だけ帰宅部だったので、友だちと遊ぶことすらなくなった。それで何をしていたかといえば、別に何もしていなかったと思う。そのときに読書と巡り合っていれば現状もずっとマシになっていたのではないかと思うが、後悔しても惨めになるだけなのでやめておく。

 何かしら始めてみようと思ったことはあった。野球とか。だけど、体験に行ってみて、これはどうしても肌に合わない、と思ってけっきょく始めなかった。となると時間は有り余るばかりで、そういう人はたぶん、ふつう勉強するのだろう。そうすれば、別に部活に入っていないことも大した問題にはならない。もちろん、ガリ勉扱いはされるだろうが、それでも、ほんとうに何もしていなかった僕よりははるかにマシだ。僕は勉強すらまともにやったことがない。大学受験も、ほとんど手を付けず、努力しないでもいける大学にいった。

 自業自得なのだが、何にも打ち込んだ経験がないというのは、僕にとって相当な劣等コンプレックスだった。劣等コンプレックスが唯一の特技だったと言ってもいい。

 当たり前だが、ある分野でそれなりに活躍しようと思えば、始めるのは早ければ早いほうがいい。ピアニストというのは遅くても5歳までには練習を開始していなくてはならないとよく言われる。ギターとかだと大学生から始めたという人も聞くけれど、そういうのは稀だと思う。スポーツ選手も、たいていは小学生からずっとやっているものだ。作家も、さすがに小学生のときから書いていたという人は少ないだろうが、読書量は早い段階からかなりのものだったという人は多い。どういう生まれだったら小学生のときから読書家になれるのだろうか、などと思ってしまうが、それはまた別の話。

 しかしながら、僕は何もできないくせに自尊心だけは高い奴(ありがち!)だったので、高校生や大学生にもなってまったく新しいことをイチから訓練するなどということは、できない相談だった。こうなると悪循環がずっと続く。何もできない自分→何かしたい→でもいまさら遅い→時間だけが流れる→さらに何もできない自分、という具合に。「何かを始めるのに遅すぎるということはない」という言葉がどれほど真実なのかは分からないが、少なくとも、何もできない自分というセルフ・イメージに死ぬほど苦しんでいたころの自分には何の説得力もない理想論に過ぎなかった。

 それでも、自分に自信がないということは悪いことだとは思っていなかった。むしろ、なぜ自分に自信がもてる人間が存在するのか、不思議で仕方がなかった。正直、自分に自信がある奴=驕り高ぶっている奴というくらいに思っていたほどだ。だから僕は、いっこうに自分に自信をもとうとは思わなかった。これは、自分に自信をもつためには、何かを成し遂げる→自分に自信をもつ、という順序でなければならないと思っていたせいもあるだろう。

 だが、今は、必ずしもそういう順序ではないのかもしれないと思っている。むしろ、自分に自信をもつ→何かを成し遂げる、という順序こそが王道なのかもしれない。というのも、たとえばこういうふうに考えると分かりやすい。物騒な話だが、あなたに誰か殺したくて仕方ない人がいたとして、あなたはどういう道具を用意するだろうか。もちろん、日本だったら刃物がいちばんオーソドックスだ。アメリカなら銃かもしれない。いずれにせよ、少なくとも、人を殺すためにペラペラのコピー用紙を準備するようなマヌケな奴はいない。つまり、あなたは、刃物でなら人が殺せるが、コピー用紙では人は殺せないと判断したからこそ、刃物を手に取ったのだ。刃物に対して、殺人という機能を期待したのだ。

 自分に自信をもつということも、見方を変えれば、自分に何かしらの機能を期待するということにほかならない。たとえばあなたがロックスターになりたいと思ったとき、まず最初に選びとる道具は、ギターでもベースでもドラムでもなく、自分自身なのだ。だが、自分自身という道具に対して、ロックスターになる(可能性がある)という機能を期待していないのならば、人を殺すためにコピー用紙を選択しないのと同じように、自分自身を選択しようとしないだろう。

 つまり、自分に自信がないということは、自分に対して何の期待もしていないということだ。何の使いみちもない道具同然に見ているということなのだ。この道具には使い道がありません、などというキャッチコピーの商品を、誰が購入するだろうか。であれば当然の帰結として、自分に自信がない人間は、何ひとつ挑戦しようとは思わないだろう。

 もちろん、何を始めるにあたって必ずしも自信が伴っているわけではない。ひょっとすると成り行きでやってみたらできた、という場合のほうが一般的なのかもしれない。だとすれば、やはり、何かを成し遂げる→自分に自信をもつ、という順序のほうが王道ということになるのだろう。だが、ある程度、年齢を重ねてしまうと、もはや成り行きで何かを始めてみるということがめっきり少なくなっていくのがふつうだ。とくに、子どものころに何かに夢中になって努力したような経験がない僕のような人間にとっては、何かを成し遂げる→自分に自信をもつ、という構造に則っている限り、いつまで経っても何も始めないし、したがって何も成し遂げられないというループから抜け出せないまま一生を無為に浪費してしまいかねない。

 そこで、僕はとりあえず自信をもってみることにした。具体的に何をやってみるのかということはここでは触れないが、何にせよ、自信がないということは言い訳にすぎないということを自覚しようと思っている。そして、それは何よりも自分のためにならない。言うまでもないことだが、人生は一度きりで、なおかつ、ほかでもない自分のためのものだ。自分がどうにかしなければ、どうにもならないまま過ぎ去っていくものだ。やはり、やりたいことをとことんまで追求してみることは、とても大事なことだと思う。死ぬ気でやってみて、それでもどうしても無理だったというのであれば、そのときは清々しく諦めることができるような気がする。でも、やりたいことが何なのか分からないまま、あるいは、分かっていたのにそれを極めてみようとせずに、社会に出てしまったら、居酒屋で愚痴を垂れ流し続けるだけの人間になってしまいそうだ。だから、僕は、人間として生まれたのなら一度は自分の人生について吐き気がするほど真剣に考えてみるべきだと思うし、そういう機会をすべての人に与えるのが社会の使命だと思う。そして、やりたいことが見つかった人に対しては、潔く諦められるようになるまでは挑み続けさせてやれるような社会になってほしいとも思う。

 今、何かやりたいことがある人は、あなたがそれをやりたいというそれだけでもう、そのことには人生を賭けて取り組む価値のあることなのだと言いたい。もし、やりたいことがまだ見つかっていない人は、その状況が割りとのっぴきならない事態なのだと言いたい。しばらくまとまった時間をとって、頭痛がするまで考えてみたほうがいい。そして最後に、かつての僕のように自分に自信がない人に言いたい。根拠がなくてもいいから、まずは自信をもってください。何かを始めるのに遅すぎるということはない、というのは真っ赤なウソだと思ったほうがいいです。むしろ、いつだって遅すぎるのです。いつ始めても遅すぎる。だったら、今がまだマシです。さあ、始めましょう。

責任について―恩寵としての責任、責任としての恩寵

 人が生きていくうえで、責任というものはぜひとも必要だろうか。

 それとも単なる重荷に過ぎないのだろうか。

 そもそも責任とはなんだろうか。

 僕のお気に入りの辞典『学研国語大辞典』は次のように定義している。

①まかされて、しなければならないつとめ。任務として負うべき義務。「主将としての―を果たす」類:責務

②〔ある事を行って生じた悪い結果に対して〕負わねばならない責め。償いとしてしなければならないつとめ。また、それを自分が引き受けねばならないという意識。「事故の―をとって辞職する」「―ある地位」「政府は誠意と―をもって、国内の周到な討議をつくすよう、さらに努力を続けることを要望する〈四三・六・一二・朝日朝・社説〉

 もうひとつ、『大辞泉』からも引用しておく。

1 立場上当然負わなければならない任務や義務。「引率者としての―がある」「―を果たす」

2 自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと。「事故の―をとる」「―転嫁」

3 法律上の不利益または制裁を負わされること。特に、違法な行為をした者が法律上の制裁を受ける負担。主要なものに民事責任と刑事責任とがある。

 大辞泉が法律上の責任についても触れているのを除けば、言わんとするところはほぼ同じである。学研の①と大辞泉の1とを折衷して、僕なりの定義を作ってみる。

 責任とは〈ある個人ないしは集団が、その立場や能力などの条件によって、他の個人ないしは集団に対して、果たすことが要求される任務〉のことである。

 用例として、学研は「主将としての責任を果たす」、大辞泉は「引率者としての責任がある」を挙げている。共通しているのは「としての」という部分である。この「としての」の頭にひっついているものがすなわち、「立場や能力などの条件」である。大辞泉は「立場」のみを挙げているが、単に立場というだけではなく、その人が主将ないしは引率者として選ばれた理由、すなわち「能力」も考慮すべきだ。

 ところで、「無責任」という言葉もある。学研は次のように定義している。

①責任がないこと。②《形動》自分の言動に責任を感じないこと。責任感に欠けること。「―に事実を脚色するのが平気な人もいます…〈宮本・伸子〉」「仕事を途中でほうり出すとは、何て―な奴なんだろう」

 大辞泉は次のとおりだ。

1 責任がないこと。「事故についての―を主張する」

2 責任を自覚しないこと。責任感がないこと。また、そのさま。「―な発言」

 こちらもほとんど違いはない。しかし、無責任という言葉にはすこし問題がある。なぜなら、この言葉が「責任がないこと」に対して使われることは極稀か、もしくは皆無と言ってもいいからだ。だが、実際には、ほんとうに「責任がない」事態だってあり得るのだから、ここは厳密に区別しておくべきだ。そこで、僕は「責任がない」という意味だけを表すあらたな言葉、「非責任」を提案したい。対義語として、「責任がある」ことを意味する「有責任」も同時に提出しておく。

 たとえば、パトカーで街をパトロールしている警察官がいたとする。怪しい人物がいないか目を光らせていると、歩道から手を挙げて合図を送ってくる市民がいる。車から降りて何があったのか尋ねると、「すみませんが、駅までお願いできますか」と言う。大事な用事に遅れそうなのだそうだ。この市民に対して、警察官は有責任だろうか。いや、まったくそうではない。警察官は非責任だ。もし彼がとても親切で、なおかつ上司にひどく叱られることを気に留めない鷹揚な人物であれば、ひょっとすると乗せていってくれるかもしれない。だがそれは期待できないだろう。

 警察官のご乱心を買った、約束の時間に遅刻しそうになって慌てている市民は次に、遠くのほうに見えてきたタクシーめがけて手を振り上げる。ところが、タクシーはものすごいスピードで彼の目の前を無慈悲に通り過ぎていった。このタクシーの運転手は市民に対して非責任だろうか。いや、まったくそうではない。タクシーの運転手は、目的地へと一秒でも早く到着したい市民たちに対して、かなりの程度で有責任だ。それが、タクシー運転手という「立場」および自動車の時速50kmで移動できる「能力」によって発生した責任である。その責任を果たさなかった運転手は、まぎれもなく無責任な人物ということになる。

 さらにいろいろな具体例で考えを深めてみたい。

 たとえば、あなたが特に用事もなく街なかを逍遥しているときに、二十段以上もある階段を見上げて力無げに佇んでいる、ベビーカーを押した女性に出会ったとする。あなたは助けるだろうか、それとも見て見ぬふりをして散歩を続ける? 選択は自由だ。問題は、あなたが女性に対して、非責任なのか有責任なのかということだ。これはさきほどのパトカーの警察官とタクシーの運転手という例よりは判断がやや難しい。だが多くの人は、あなたは女性に対して、非責任だと答えるだろう。もし仮に、その女性があなたの配偶者あるいは親類縁者であったとしたら、有責任だと答える人の割合はずっと多くなるだろうが、赤の他人の場合はきっとかなり低いはずだ。助けるべきだと答える人も、助ける責任があるとは答えまい。

 そのとおり。あなたは、二十段以上もある階段を見上げて力無げに佇んでいる、ベビーカーを押した女性に対して、何らの責任もありはしない。混じりけのない非責任だ。だからこの女性は、あなたが責任を負うべき範囲の外にいる。この、「あなたが責任を負うべき範囲」のことを、そっくりそのまま「有責任範囲」と呼ぶことにする。

 似たような例をもうひとつ。困っている女性を後にして楽しい街歩きを続行したあなたは、ずらりと並んだ自転車がことごとく将棋倒しになっている自転車置き場に行き当たる。さて、あなたはこれらの自転車をひとつひとつ起こしていくだろうか。きっとそうはしないに違いない。なぜなら、それらの自転車はすべて、あなたの「有責任範囲外」にあるからだ。あなたは何ひとつ間違った行いはしていない。そのことを自覚してもいるので、すこしの罪悪感もない。もちろん、僕はそのことであなたを非難しようとはみじんも思わない。

 議論をもう一歩だけ前進させよう。

 ずばり、責任とは、あったほうがいいのか、それとも、ないに越したことはないのか。

  多くの人はこう答えるだろうと推測する。責任なんて、なければないほうがいい、と。なぜなら、負わされる責任が増えれば増えるほど、自分のために使える時間と労力が減っていくし、もしその責任を果たすことができなければ、無責任だとの誹りを免れないし、無能だと罵られるかもしれないし、クビにされることもあるかもしれない、そんなことはまっぴらごめんだから、最初から責任なんてないほうがいいからだ。実に当を得た意見だと言える。

 とはいえ、それでは、まったくの非責任(無責任ではない)という状態を想像してみてほしい。あなたは、いかなる個人からもいかなる集団からも、何ひとつ果たすべき責任を負わされることはない。任務もなく、義務もない。自分がやりたいことを、自分がやりたいときに、自分がやりたいだけすればいい。それでだれにも咎められることがない。好きなときに好きなことができる。好きなところへ行ける。なんて自由で、なんて素晴らしいのだろう、あなたはそう思うだろうか?

 もちろん、そう思う人がいてもおかしくないし、あるいは大多数がそう思うのかもしれない。しかし、僕はそうは思えないのだ。いかなる個人に対しても、いかなる集団に対しても、まったくもって絶対的に非責任という状態は、この世界から何ひとつ期待されていないことと同じである。そしてそれは、もはや生き続ける理由などないことと等しいのではないだろうか。そう言って言い過ぎなのであれば、すくなくとも、世界から一切の責任を負わされていない自分の存在に、重さを感じることなどできないのではないだろうか。重さとはすなわち価値のことである。非責任とは、私たちに「存在の耐えられない軽さ」をもたらす災厄なのではないか?

 確かに、責任は容易に耐えがたい重荷となり得るものでもある。というより、多くの責任は私たちにとっては重圧であり、軽やかに人生を生きることを妨げる障害以外の何でもない。しかし、完全な非責任というのもまた耐えがたいものである。となれば、私たちが幸福に生きるためには、恩寵としての責任という可能性を探求しなければならないだろう。恩寵としての責任は、同時に、責任としての恩寵でもある。なぜなら、恩寵とは獲得するものではなく与えられるものであり、私たちはそれに対して報いなければならないからだ。恩寵としての責任、責任としての恩寵は、僕やあなたが現世という牢獄に留まり続けるただひとつの理由となることができる数少ないものだ。

 責任が発生する場面としてもっとも一般的なものは、職場である。そこではひとりひとりに仕事が割り振られ、遂行することが求められる。また、部下をもつ上司や、会社を担う社長などの責任はさらに大きくなる。だが容易に想像できるように、この責任が恩寵となることは期待できない。純然たる重荷である。なぜか。単純にきついからかもしれないが、きつさの伴わない責任というものはない。そのきつさこそが責任を責任たらしめ、また恩寵たらしめるのだ。では、なぜ職場の責任は重苦しいのか。それは、能動的に背負う責任ではなく、受動的に背負わされる責任だからだろう。必ずしも望んだわけでもなく背負わされた責任を、膨大な時間と労力を費やして、全人的に果たしていかなければならないことが重荷でなくて何だというのか。まるで、永遠に山頂まで岩を運び続けなければならないシジフォスの神話ではないか。

 しかしはたして、受動的に背負わされるのではなく、能動的に背負う責任というものかつてあっただろうか。いや、あったのである。それこそ私が恩寵としての責任、責任としての恩寵と呼ぶものなのだ。本来は非責任であったところのものを有責任へと積極的に転化させ、それを恩寵として享受するという行為があったのである。

 間違うはずもない。愛こそがそれである。

 いちおう、愛の定義も確認しておこう。学研、大辞泉の順番で引用する。

①人、物に対して、報酬がなくても尽くしたいと思ったり、自分の手もとにおきたいと思ったりする、暖かい感情。いつくしむ心。たいせつに思う心。

②ひとをしたう心。特に異性をしたう心。恋。

〔用例および以下省略〕

1 親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。「―を注ぐ」
2 異性をいとしいと思う心。男女間の、相手を慕う情。恋。「―が芽生える」
3 ある物事を好み、大切に思う気持ち。「芸術に対する―」
4 個人的な感情を超越した、幸せを願う深く温かい心。「人類への―」

〔以下省略〕

 今日的な観点からすれば、対象が「異性」にしぼられているという点で問題があるが、最新版ではおそらく改善されていると思われる。それはともかく、「責任」「無責任」と比べて、かなり語釈に違いがあるのが興味深い。愛とはそれほど定義が難しいものだということだろう。それぞれの語釈で注目に値するのは、まず学研の「報酬がなくても尽くしたい」という部分、それから大辞泉の「個人的な感情を超越した」という部分だ。「個人的な感情を超越した」の語釈は、用例が「人類への―」となっていることからもわかるように、異性ないし同性の個人に抱く心としては捉えられていないようであるが、僕としては、個人に対する愛もある程度、個人的な感情を超越したものであるし、あるべきだと思っている。

 こう言うと理想論もはなはだしいと思われるかもしれない。だが、みずからをより崇高な存在へと高められるような愛でなければ、もはや追求する必要もあるまい。ただ欲望を満たすだけであれば愛など必要ない。自分に都合よくふるまってくれる都合のよい他者を探せばいいだけのことだ。そんなものが見つかるとしてのことだが。

 話がやや抽象的になりすぎた気がする。ふたたび具体例を基にして考えてみる。

 たとえば、クラスメートとか職場の同僚とか、何にせよあなたの身の回りに、とても苦しそうで辛そうな他者はいないだろうか。きっといるはずだ。彼ないし彼女がどのような苦悩に打ちひしがれているのかはまだわからないが、いずれにせよ、まるで今まさに地獄を生きているというような表情で、とにかく一刻も早く一日が終わってほしいというただそれだけのことを望んで生きているように感じられる人だ。彼/彼女にとっては、どんな場所にいようが、周りにだれがいようが、まったく関係はない。いつどこでも、深く暗い穴の底にうずくまっているのも同然な心地なのだ。はるか上方から楽しそうなにぎわいが聞こえてきたところで、それはなんの励みにもなりはしない。

 さて、あなたは彼/彼女に対して何かしらの責任はあるだろうか。残念なことに、まったくありはしない。完全に非責任である。だから、彼/彼女に対して手を差し伸べる必要も義務もない。だが、その自由はある

 考えてもみてほしい。先進諸国に生まれ、けっして完全に満ち足りていて幸せというわけでもないが、少なくとも雨風をしのぐ住居と、あすの仕事と食事に困ることはない人物であっても、わざわざ危険を犯してアフリカやアジアの発展途上国へ支援におもむく人のことを。彼/彼女らは、アフリカやアジアの人びとに対して、何かしらの責任があったのだろうか。日本やアメリカやドイツ、フランスに生まれた人びとにとって、アフリカやアジアの発展途上国の人びとは有責任範囲内にいるのだろうか。断じてそうではない。だが彼/彼女らはおもむくのだ。その根底には、有責任範囲外すなわち非責任という思考の無責任さに対する苛立ちがあるのではないかと思える。

 もちろん、だれもが国境なき医師団国境なき記者団のように活動しろと言いたいわけではない。というか、僕自身、国境なき……どころか、県境にすらがんじがらめに縛られているような小ぢんまりとした人間に過ぎない。だから、有責任範囲を、世界中あまねく広げるべきだとは思わないし、思えない。けれどやはり、有責任範外すなわち非責任という思考の無責任さに対しては、なんだか無性にイライラして仕方がないのだ。腹の虫が収まらない。苦境に追い込まれている他者に対して、彼/彼女は努力が足りなかったのだから自己責任だ、といって視界から消してしまう。有責任範囲の外にいる他者はいないのと一緒。そんな生き方はもうやめにしたい。

 キリスト教は隣人愛を説くが、けっして人類愛は説かない。それはきっと、私たち人間はあまりにもちっぽけな存在なので、人類全体を愛することなどできはしないからだろう。人類全体を愛することができるのは、それこそ神を除いて他にはいないのだ。だかこそ私たちは、隣人を愛さなければならない。隣人を愛することならば、人間の分際にも許されているのだから。親類縁者が助け合えばそれでいい? 絶望に支配されている彼/彼女が親類縁者に見放されていないなどとどうして言い切れるのだろう。自己責任論は勇ましくて大いに結構。だがそれを他者に押し付けるべきではない。

 恩寵としての責任は、有責任範囲外にこそ現象するものだ。本来であれば非責任であるから、したがって手を差し伸べる必要も義務もない、そんなところにまで積極的に飛び込んでいく。これこそ、受動的に背負わされるのではなく、能動的に背負う責任だ。実存主義者ならばアンガージュするとでも表現するかもしれない。私たちの実存は、この世に生を享けると同時に何らかの責任を負うわけではない、もともとは、だれにたいしても非責任なのだ。私たちは「存在の耐えられない軽さ」とともに生まれてくる。それは宿命だ。だが、苦しんでいる他者という恩寵を授かることで、私たちはみずからの実存に責任という要素を織り込むことができる。他者に対する責任こそが、この世界と私たちとを結びつける唯一の、人間の絆である。

 国境なき医師団国境なき記者団のように、広大な愛をもつ必要はない。ただ、僕やあなたの隣で苦しんでいる彼/彼女に対して、自分は非責任なのだという思い込みを捨てることだ。隣人愛をもたなければならない。

 物体同士の引かれ合う力を重力という。物体がただひとつしかないとき、重力は現象しない。となりに他者がいることで初めて物体同士は引かれ合う。人間も同じことだ。ひとりきりで生きている限り、私たちは無重力状態で浮遊している存在なのだ。「存在の耐えられない軽さ」。重力の力で引かれ合い惹かれ合うふたりの人間同士のあいだには、お互いのお互いに対する、人生をかけて果たしていかなければならない責任がある。そして、たったひとりにでも果たすべき責任をもっている人間は、この世界に対しても、けっして断たれることのないつながりをもっている。僕やあなたがこの世界と結び合わされるためには、他者の力を借りなければならない。ふわふわと宙を漂っているに過ぎなかった非責任的実存が、人生のなかで責任を果たしていくことで、他者を結び目にして世界に繋ぎ止められていくのだ。だからこそ、私たちは、非責任的実存に甘んじ続けていないほうがいい。自由は必ず、軽さという呪いを伴っているのだから。

習慣についての覚え書き

 習慣の大事さについての議論は各所でたいへん喧しく行われている。同時に、習慣をもつことの難しさについても、そこかしこで論じられている。習慣というものがもつ意味がそれだけ大きいということだろう。僕もいくつか習慣をもっているが、それらの習慣がなんとか定着するまでに、けっこう時間がかかった。定着せずにやめてしまった習慣もたくさんある。続いたけど効果がなかったものもある。そうした試行錯誤のなかで少しずつ分かってきたことを、覚え書き程度にまとめておこうと思う。なにかの役に立てば幸いである。

 私見では、習慣をもとうとして挫折する原因は、だいたい似たり寄ったりだ。最初に断言しておくが、意志の欠如ではない。強い意志をもたないと継続できないのであれば、そもそも、その行為は習慣として不適切なのだ。少なくとも僕やあなたにとっては。習慣の例としてよく歯磨きが挙げられる。この例はあまり適切ではないと思っているが、ひとまず採用しよう。歯磨きを継続することに意志が必要だろうか。まったくそうではない。もちろん、ひどく疲れているときなどは、歯磨きをせずに就寝してしまうこともある。だが、疲労による中断はけっして問題ではない。

 ほんとうの原因として第一に考えられるのは、習慣の内容がぼんやりしていて明快でない場合だ。たとえば、「3日に1回ランニングをする」という習慣をもつと決めたとしよう。一見すると、非常によい習慣に思える。だが、これでは不十分だ。「3日に1回、夕食のあと30分してから、疲れない程度の早さで、近所の川沿いを3往復、ランニングする」と、こんな具合に、できるだけ具体的かつ詳細であるほうがいい。ひょっとすると僕だけかもしれないが、こんなふうに微に入り細に入り条件を課しておいたほうが、なんとなくやる気がでないときでも実行できる。「ランニングするぞ!」と思うとなかなか腰が上がらないが、「近所の川沿いを、疲れない程度の早さで、3往復走るぞ!」と思うと、不思議とそれほど面倒に感じない。なぜだろうか。

 さて、挫折する第二の原因は、その習慣をもつことに対する意志が強すぎる場合だ。上でも触れたように、一般に、習慣をもつためには強い意志が必要だと考えられている。しかし、強すぎる意志はむしろ邪魔である。というのも、僕やあなたが「強い意志」だと思っているものは、単なる「その場の思いつき」であることが多いからだ。「ヨッシャ、これから3日に1日ランニングしたるで!(なぜか関西弁)」という「その場の思いつき」を、とかく私たちは「強い意志」と混同しがちだ。お察しの通り、「その場の思いつき」による行為が長続きするはずもない。

 「強い意志」の弊害のふたつ目は、なんらかの事情で習慣を実行できなかったときに、一気に挫折してしまうおそれがあることだ。ありがちな話だが、習慣を完璧に実行し続けることに闘志を燃やしすぎると、完璧さにほんのわずかな傷がついただけでもう意味がなくなるように思い込んでしまう場合が多い。こういう人は、手段が目的化しているのだ。習慣とはなにかをなしとげるための手段にすぎない。だから習慣を実行し続けることそれ自体にはなんの価値もないのだが、まじめな人ほど、とりあえず欠かさず継続するということが第一目標だと勘違いする。もちろん、継続は習慣には欠かせない要素だが、たった一回や二回、あるいは五回やらなかったからといって、それは全体としての継続性を失うことを意味するわけではない。だから、実行できなくてもまったく気に病む必要はない、というよりも、気に病んではいけない。まあいいか程度に思っていれば構わない。

 手段の目的化が引き起こすもっとも悪い事態は、気休め程度に実行して、それで継続している気になってしまうことだ。たとえば、「3日に1回ランニングをする」という文言にこだわりすぎるあまり、ほんの数分程度走って、「よし、今日も実行できたゾ」などというインチキしをしだしたら最悪だ。一回そういうインチキを覚えると、その後また正常に戻すことはなかなか難しい。そうやってインチキを繰り返すうちに、けっきょく、やらなくなるのがオチだろう。この事態を防ぐためにも、できるだけ細かいルールを設定しておくのがいい。そのルールを守れないようだったら、思い切ってその日は休む。で、次回からまた愚直なまでにルール通り実行する。逆もまた然りで、調子がいいからといってやりすぎるのもよくない。それから、よほどのことがないかぎりきちんと実行できる程度のルールを設定しなければならないのは、もちろん言うまでもない。

 最後に、習慣とは身につけるものではなく、発掘するものだと、最近の僕は考えるようになった。少し分かりづらいかもしれない。たとえば、「3日に1回ランニングする」という習慣を身につけようとして、失敗したとする。ところが、「2日に1回」あるいは「4日に1回」なら継続できるということがあるかもしれない。というか、僕の場合、こういうことがけっこうあった。同じ「ランニングをする」という行為であるにもかかわらず、ほかの、一見すると些細な条件によって、継続できるかどうかが変わってくるのだ。こういった場合を踏まえて、僕は、習慣とは身につけるものではなく、発掘するものだ、という表現を考えついた。つまり、「3日に1回ランニングをする」という行為を継続することができた人は、最初からその人の身体に内蔵されて眠っていた「3日に1回ランニングをする」という習慣を発掘したのであって、買ってきた衣服を着用するようにどこかからもってきた習慣を身につけたのではないということだ。

 もちろん、これは純粋に表現上の問題なので、実際は「身につけた」のだろうが「発掘した」のだろうがどっちでも構わない。しかし僕が言いたいのは、自分と相性のいい習慣でなければ身につけることは不可能に近く、だからこそ、なにかひとつの習慣が身につかなかったからといって習慣化が下手なのではなく、したがって気落ちすることなく試行錯誤を続けるべきだということだ。「3日に1回ランニングをする」ことには向いていなかったとしても、「4日に1回ランニングをする」ことには向いているかもしれないのだ。あり得る可能性すべてを試してみて、それでも続かなかったのなら、それは仕方ない。その行為を習慣化しようとするのは諦めよう。

 でも、この記事に書いたような思い込みを捨ててしまえば、たぶん、割にたやすくいろんな習慣を身につけることができるようになると思う。肩肘張らないことだ。気張りすぎないことだ。なんといっても、習慣というのは一生付き合っていくものなのだから、一生を連れ添う伴侶を選ぶように、慎重に選ばなければいけないのだ。

部分と全体―人生の算数についての一考察

 ”全体は部分の総和にあらず”という言葉をたまに目にする。たしか、外山滋比古『思考の整理学』で紹介されていた言葉だ。インターネットでもよく見かけ、”全体は部分の単なる総和以上のものである”とか、バリエーションはいろいろあるけれど、どれもだいたい同じことを言っている。検索すると、アリストテレスとかゲシュタルト心理学とかホーリズムとかいっぱい出てきて、けっきょくこの考え方のオリジナルがだれ/なになのかはわからない。けれど、気に入っている言葉のひとつだ。

”1”を100回足しても”100”にはならない算数

 全体は部分の総和にあらず。けだし、そのとおりだ。

 学校で教わる算数では、”1”を100回足せば”100”になると教わる。これはもちろんウソではない。もし”1”を100回足した和が”100”ではなくなったら、いままで人類が築き上げた数学のすべてが根底から崩壊する。そんなことは当然あってはならない。だから、算数の世界では、全体は部分の総和であるとみてもよい。

 ところが、人生の算数においては必ずしもそうではない。”1”を100回足したからといって、”100”になることばかりではない。というよりも、絶対にならないのではないか。どれほど頑張ったところで、せいぜい”99.8”とか”99.9”が限界で、けっして”100”にはならないのではないか。たかだか”0.2”や”0.1”だが、それでも間違いなく”100”ではない。限りなく”100”に近い”99”に過ぎない。それを”100”だと言い張っても虚しい。身長169cmの人が必死で170cmと同じようなものだと言い張るのと同様に。

幸せになりたい

 議論がすこし抽象的すぎたかもしれない。卑近な具体例で考えてみよう。僕の経験を基にした、「人生の算数についての一考察」である。

 僕は、いままでの人生において、あるひとつのことを常に悩み続けてきた。それは、人生が幸せだとぜんぜん思えないということだ。「あるひとつのこと」と言い切ってしまうにはあまりにも大きすぎる問題かもしれない。もちろん、人生とはそういうものだ。人生とはつまらない。人生とはくだらない。そんなふうに一刀両断してしまえるなら、晴れてこの問題は解決する。しかし、僕はそんなタフな人生論で生涯を送ることができるほど強くはない。

 幸せの定義などについてあれこれ議論するつもりもない。あえていうのならば、心が満ち足りた状態であることは間違いないだろう。なにによって幸せになるかというのは人それぞれ、千差万別だろうが、心がなにかを渇望している状態で幸せになれる人がいるとは思えない。だからこそシッダールタは、そもそも欲望をなくしてしまえばいいじゃん、と説いたのだろう。

 だが残念なことに、現代において渇望をなくして生きていくことは大仕事だ。一般に、欲望を抑えることは美徳だとされている。しかしそれは真っ赤なウソである。酒もタバコも風俗も興味がない、ご馳走なぞめったに食わず、車も必要としない。たまの休みにはカラオケやボウリング、ディ□ニーやUSJに行くよりも家で静かに本を読んでいる。海外旅行よりも近所を散歩することに歓びを見出す。そんな人間がどういう目で見られるかを考えてみれば充分ではないか。もちろん、性欲を抑えきれずに強姦するとかはとんでもないことだ。だが、もし欲望を完全に抑える(あるいは火を吹き消すようになくしてしまう)ことができる人がいたとしよう。その人は、きっと、いっさい社会の役に立たないゴミクズとして処分されるか、すくなくともキチガイとして軽蔑されるだろう。物欲がないから金はいらない。出世欲もないからへーこらしない。性欲もないから結婚しない子ども作らない。こんな人間は、欠陥品扱いされるのがオチである。

 むしろ、とにかく強い欲望をもった人間を、現代は歓迎する。凡人ではありたくない、人と違う存在でありたい! すこしでもいい大学に入って、すこしでも大きな会社に就職したい! 祖国に閉じこもってはいたくない、グローバルに活躍したい! 一銭でも多く金を稼いで、その金で遊びまくりたい! そういう人間こそが、現代社会が求めるところの人材である。もちろん、あまりに強すぎる欲望を抱えている人間は、それはそれで、出る杭はうんたらで忌避されるかもしれないが。

 というわけで、欲望を断ち切ってしまうということは、どうもできそうにない。だったら、欲望を満たすために、とりあえず何か活動をしていく以外に道はなさそうである。幸せになるための活動、といえば、まずは”楽しいこと”をするに限る。幸せになるために”苦しいこと”をする者はいないだろう。たしかに、大きな目標を達成するために苦しいことでもコツコツとこなす、というようなストーリーはあるけれど、それは必ずしも”苦しいこと”と言えるのか、疑問の余地がある。それに、人間、易きに流れるのが性というものだ。できるなら苦しいことなどしたくない。楽しいことだけしていたいではないか。

楽しいことをいくら積み重ねても楽しくない

 さて、それでは、楽しいことをコツコツこなしていくと決めたとする。楽しいこととはなんだろうか。まあ、たとえば友だち(恋人)と遊ぶとか、本を読むとか、映画を見るとか、音楽を聴くとか、旅行をするとか、スポーツをするとか、登山をするとか、それこそ十人十色とまではいかないにしても、いろいろあるわけだ。

 そこで代表例として、友だちと遊ぶことを例に取ってみよう。

 友だちと遊ぶのは実に楽しい。とくに、友だち数人を自宅に招いて散々ぱら喋り散らすことほど、時間が早く過ぎ去っていくこともなかなかない。

 駅まで迎えに行って、帰りにコンビニでスナック菓子とかジュースとかをたくさん買い込む。家に着いたら、さっそくお菓子をむさぼり食いながらいろいろなことについて話しまくる。近況報告、世間話、将来について……などなど。それはとても面白い。気心の知れた友だちどうしであるから、一から十まで話さなければいけないということもない。そういう気楽さがいい。何より、自室という本来孤独なはずの空間が人で満たされるのが心地よい。自室はさまざまな活動の拠点にはなるが、勉強するにしても読書するにしてもネットサーフィンをするにしても、みんなひとりでやる。だから自室と静寂はセットみたいなものだ。その自室に友だちと自分の笑い声が響くというのは、いかにも非日常で、愉快だ。

 ところが、光陰矢のごとし、楽しい時間ほど、驚くべき早さで駆け抜けていくものだ。時計が針を進め、日が遠くの山へと沈んでいくにつれて、お開きムードになっていく。もちろん泊りがけで語り明かしても構わないわけだが、学校や会社があるとなかなかそうもいかない。ほんとうに束の間の非日常から、日常へと帰っていかなければならないときがやってくる。宴もたけなわで、重い腰を上げて、それぞれの帰路につく。駅まで送っていくあいだも、会話は絶えない。

 しかし、友だちみんなが乗り込んだ電車が発進していく。その車窓の灯りが見る見るうちに小さくなっていって、夜のとばりの向こう側へと消えてしまったら、途端に寂しさが押し寄せてくる。いったいこの寂しさはなんだ。さっきまであれほど楽しかったのに、まるで夢から覚めたようだ。とぼとぼとした足取りで家路をたどる。ぼんやりとにじんでいる街灯も、いかにも寂しい。

 家までたどり着いて、自室の部屋を開けたとき、そこに残っているのはいったい何だ。食べ散らかしたお菓子のゴミ、空っぽになったジュースのペットボトル、友だちが座った跡を留めている座布団、いつもと違う自室のにおい……それから、ふだんは気にならなかったはずの、静まり返った自室、それだけだ。

 もうすでに、ついさっきまで”楽しいこと”をしていたなどとは夢にも思われないようになっている。すこしも幸せに近づいてなどいないようだ。何がまずかったのか。そのときの僕は、回数の問題だと思った。1回では足りないのだと。こうやって楽しいことを、できるだけ高い頻度でしなくてはいけない。そうすれば毎日のうち楽しいことをしている日のほうがだんだんと多くなって、いつかは幸せになれるかもしれない。そういうふうに考えてしまったのだ。

 それで、楽しいこと”1”をどんどんと足しまくった。友だちと遊ぶだけではない。読書をしたり、映画を見たり、音楽を聴いたり、たまには外に遊びに行くこともあった。しかし、どれだけ楽しいことを積み重ねていっても、”100”の楽しさを得ることはできなかった。むしろ、足していくそばから引かれていって、プラスどころかマイナスになっているような感覚すらあった。

 当たり前のことだが、楽しいことはいつか必ず終わる。それもかなり早く。友だちと会って話すのは、長くてもせいぜい2日か3日ぐらい、読書もほとんどの本は3日あれば読み終わることができる。映画はたった2時間程度、音楽など5分で終わるものもたくさんある(僕の好きなクラシック音楽は2時間くらいかかる作品もあるけれど)。これらはもちろん、やっている最中はとても楽しい。よく、一日幸せでいたければ云々ということわざめいた言葉を目にする。まさに、三日幸せでいたければ読書をしなさい、である。その作品を読破するまでは、読んでいないときでも、続きが読みたくてウズウズする気持ちを楽しむことができる。ただし、読み終わったあとのことは保証できない。

 僕の生活は、次第に楽しいことで満たされていったけれど、どうしても空いてしまう隙間を埋め尽くすことはできなかった。当然だ。人間は常に何かの活動をし続けることなどできはしない。だが僕の悩みはまさにそこだった。何かをしているときはいい。しかし、何もすることがなくなって部屋の床に寝っ転がると、途端に虚しさが覆いかぶさってくる。膨大な材料を用いて、大きく豪華な家を建てたけれど建て付けが悪く、そこかしこから隙間風が吹き込んできて、どうしようもなく寒いのだ。

 全体は部分にあらず。言い換えれば、部分を足し続けても全体にはならないということだ。

経験よりも大事なこと

 さて、僕はこの問題についてひとつの解答を得ることができた。個人的にはとても納得しているので、せっかくだから記事にすることにした。

 結論から言うと、解決策は、”ライフワークをもつ”ことだ。

 ライフワークというのは、端的に言えば、一生涯をかけた仕事のことである。といっても、単なる仕事というだけの意味ではない。自分がそれにやりがいを感じられるような、それが生きがいだと思えるような、自分の人生に深く根ざしていて不可欠な、そしてなによりも、それをすることが歓びであるような、そういう仕事というニュアンスがある。だから、一生涯をかけた仕事をせずに済む人間はいないけれど(稀にいるかもしれない)、ライフワークをもつことができずに一生涯を終えてしまう人はたくさんいるだろう。(反対に言えば、上に言ったような条件さえ満たしているなら、ライフワークは趣味的なものである必要はなく、会社勤めでもいっこうに構わない。)

 重要なのは、”ライフワーク”と”趣味”とは似て非なるものということだ。趣味は受け身でもできる。たとえば、読書や映画/音楽/美術鑑賞、スポーツ観戦、ほかにもいろいろあるが、それらは原則的に受け身の趣味である。だれかが作ったものや、だれかが何かをしているのを、受け身で楽しむ。読書好きのほとんどは本を書かないし、スポーツ観戦が好きな人みんなが選手を兼ねているわけではない。趣味とはそういうものだ。

 対して、”ライフワーク”は、能動的な営みだ。何をライフワークにすればいいか考えるときに手っ取り早いのは、趣味を受動から能動に反転させてしまうことだ。たとえば読書なら、文章を書くことに。音楽鑑賞なら、楽器演奏に。スポーツ観戦なら、スポーツをすることに。いずれにせよ、オーディエンス(鑑賞者/消費者)であることはライフワークにはならない。必ず、プレイヤーでなければならない。もちろん、得意不得意というものがあるから、必ずしも趣味と一致させる必要はない。スポーツを見るのは好きだけれどやるのは苦手だ、という人は、楽器演奏をライフワークにしてもいい。ただし、肝心なのはやはり得意であることより好きであることだ。そういう意味で、趣味を反転させてライフワークにするのがいちばん確実なのだ。

 さて、ではなぜライフワークをもつことで幸せになれるのか。それは、単に楽しいからではない。隙間を埋めることができるからだ。ではなぜ隙間を埋めることができるのか。呆れるほどに簡単なことだ。理由は、ライフワークに隙間などありえないからだ。

 ライフワークとは、自分の人生に深く根ざしていて不可欠な仕事だと書いた。これをもうすこし展開すると、ライフワークとは、自分の人生における諸々の経験を動員して取り組む仕事だということになる。だから、ライフワークをもつと、楽しかったこともつまらなかったことも、嬉しかったことも悲しかったことも、辛かったことも報われたことも、すべての経験に意味を見出だせるようになる。

 経験とは、つまりは部分のことだ。最近は、やたらと経験をもてはやす風潮がある。僕はこれがよくないのではないかと思っている。その考え方を、勝手に、”経験ベースの人生観”と呼んでいる。経験ベースの人生観は、ただひたすら目新しい経験の数を求める。変わらない日常を継続することよりも、「ここではない、どこかへ」飛躍しようとする。とにかく人とは違うような経験をひとつでも多くしているということが至上の価値となる。だが、日常のなかで、ライフワークによって経験を反省し、そこに意味という一貫性をもたせることができなければ、ひとつひとつの経験はいいものでも、無意味な散らばり以上のものになることはない。部分を足し続けても全体にはならないのだ。

 ライフワークのもうひとつ重要な点は、それが一生涯に及んでいるということだ。読書にしても旅行にしても人と会うことにしても、経験というのは、基本的に一日を単位としている。だから、経験によっても、一日幸せでいることはできる。だが一生涯幸せでいるためには、経験だけではぜったいに無理だ。ライフワークは、一生涯、常住坐臥(座っていても寝ていても)続いている。だから隙間がない。日常の、ほんとうに取るに足らない、ほんとうにつまらないことからも、ライフワークのための着想を得ることはあり得る。それは、長い長い生涯に、意味という一貫性をもたせることにほかならない。

意味という接着剤

 ちなみに、僕のライフワークは、もちろん文章を書くことである。そして、文章を書くことはライフワークとして極めてふさわしい。なぜなら、文章には意味が不可欠だからだ。一見すると無意味に思えるような脈絡のないできごとの数々を、文章として再構築する過程で、意味という一貫性で繋ぎ合わせていくことができる。そして、文章を書くためには、砂粒のように些細な着想だって取り逃がしてはならない。物書きがライフワークの者にとって、ほんとうの意味でまったくもってどうしようもないほど無意味なことなど、存在し得ないのだ。これ以上に幸せなことはない。

 ライフワークとして文章を書くようになってから、僕は人生に対して見違えるほど意欲的に、貪欲になった。以前は、できれば何も経験したくないなどと思っていた。趣味もこれといってなかった。読書もしなければ映画も見ない、音楽も聞かないという生活を送っていた(いったい何をしていたのだろう)。とにかく、自分という存在に何かが入り込んでくることが嫌だった。今なら、それがなぜだったかわかる。入り込んでくるばかりでは、いつかパンパンに膨れ上がって爆発してしまいかねないということを、本能的に恐れていたのだ。経験を取り入れるばかりではいつか飽和する。そして、それは思っている以上に危険なことで、ひょっとすると廃人みたいになってしまうかもしれない。

 しかし、文章を書くことを覚えた僕は、自分という存在に何かが入り込んでくることは、けっして恐れるべきことではないと知った。むしろそれは歓迎すべきことなのだ。今の僕は、際限なく入り込んでくる経験をそのまま放ったらかしにすることはない。それは僕によって受け止められ、解釈され、整理され、再構築され、そして再び世界へと還されていく。世界と僕は今、とても有意義な繋がりをもっている。世界と自分に確かな繋がりをもてること、世界と自分のあいだで循環ができること、これはとてもすばらしいことだ。これからも、ライフワークとしていつまでも続けていきたい。というより、そうしなければ僕はもう幸せになどなれない。満足できない。

 部分を足し続けても全体になることはない。部分を、意味という接着剤で繋ぎ合わせ、全体としてまとめる営みをしなければならないのだ。

 みなさんも、ぜひライフワークをもつべきだ。僕のおすすめは、やはり文章を書くことである。なんでもいい。小説でもエッセイでも。あるいはなにか詳しいことがあるのなら、それについて書いてみてもいい。あなたの文章を読みたいという人は、必ず世界のどこかにいる。そして、それがあなたと世界との繋がりをつくる。思えば、私たち一人ひとりもけっきょくは部分である。部分だけでは幸せにはなれない。部分は、意味という接着剤で繋ぎ合わされ、全体としてまとまらなければならないのだ。

気が利くひと

 あなたにも、気が利く人と聞いてすぐに思い浮かぶ知人が何人かいると思う。僕もそういうひとが何人かすぐに思い浮かぶ。気が利くというのはどういうことか、ちょっとあいまいだけれども、たとえば、食事の席で空いたグラスを見つけて飲み物を注いであげるとか、街中で観光客がカメラをもってキョロキョロしているのを見て、撮りましょうかと言ってあげるとか、なにかしらの機械の前で戸惑っている老人がいたら操作を教えてあげるとか、そういうことをするひとは、たぶん気が利くひとだと言われる。共通しているのは、困っているひとを、助けを求められる前に自分から助ける、ということだろうか。

 僕は気が利かない。自分のお世話をするのにも精いっぱいなのに、どうして、かいがいしく他人の世話を焼くことができるというのか。自分のグラスが空いても、飲み物が近くになければ注がないし、自分が写っている写真など撮りたくもないし、機械の操作がわからなかったら諦めて家に帰る。面と向かって気が利かないと指摘されたことはないけれど、まず間違いなく思われているだろう。それは自分でも認める。

 気が利くひとの周りには、僕みたいなひとが集まる。なにか必要がものがあるんだけどそれの名前がわからないとき、「あれがほしいんだけどなあ……」と言うと、それだけでなにが必要かを察して、もってきてくれるひとがいる。そのときいる場所や会話の文脈、話し手の仕草などから推察するのだろうけれど、もはや名人芸といってもいい。そういう、名人級の気が利くひとの周りにいると、甘えてしまって、ますます自分でなにかをすることがない人間になっていってしまうのだろう。だから、気が利くひとの周りに僕みたいなひとが集まるというより、気が利く人の周りにいると僕みたいになってしまうのだろう。

 でも、あるとき、ふと気がついた。「あぁ、このひとは、気が利くなあ」と思っているとき、それは、そのひとに気を遣わせているとき、なんじゃないだろうかと。もちろん、気が利くひとのなかには、それが好きでやっているというひとも少なからずいた。けれど、いくら好きでやっているからといっても、他人に気を利かせているあいだ、そのひとが自分の人生の貴重な時間をほんのわずかでも削っていることは紛れもない事実としてあるわけで、ということはやっぱり、気が利くひとにたいして私たちは、気を遣わせているのだ。

 そのことに気づいてからは、「あぁ、このひとは、気が利くなあ」と思うたびに、なんだか罪悪感を覚えるようになった。自分がどれほど周りに気を遣わせているのかを思い知らされた。とはいっても、気が利くというのは付け焼刃の技術ではないから、僕がいまから気が利く人間になろうと思えば、けっこう時間と労力がかかる。それでは仕方がない。今すぐにできることをしなくてはいけない。

 たどり着いた結論は、とてもありきたりだけれど、気を遣ってもらったひとに対して感謝をするということだ。いや、感謝をするだけでは不充分で、それをしっかり言葉にして伝えなくてはいけない。素朴なことばでいい。ありがとう、でいい。すみません、ごめんなさい、よりはずっといい。日本語では、謝罪も感謝の言表にふくまれているけれど、僕は感謝の気持ちを表明するために謝罪したくはない。ありがとうならありがとう。すみませんならすみません。そういう部分は、”正しい言葉”を使うべきだ。”ら抜き言葉”なんかより、もっとずっと大切なことだと思うのだけれど。

 だれかに気を遣ってもらったとき、すみませんではなくて、ありがとうを言えるひとでありたいと、そう思っている。そして、ゆくゆくは、自分も気が利くひとになりたいとも、たぶん思っている。

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芸術が人を救うわけないじゃん、という話のはずだった

 これまで、僕は、生活のありとあらゆる領域で、感情というものの価値を認めていなかった。たとえば、映画を見てに”泣けた”という人や、小説を読んで”共感できた”という人たちが、どちらかと言えば気に入らなかった。

 僕は、むしろ思考を重視していた。映画を見て、小説を読んで、何を考えることができたか、あるいはこれから考えることができそうか、それが僕にとっての評価基準だった。それは今でも、もちろん、変わらない。だが、以前よりは、感情的なものを過小評価する偏りは正されてきた。

 それには、乏しいながらも色々な経験が必要だったし、今でも、過度に感情的な人や集団を見ると、ぞっとしてしまうのは抑えがたい。ある集まりが、段々と感情を共有し、そして熱狂へと昇華していくとき、僕はやはり、いつまでも地上にへばりついて、高みへ昇っていくかつての仲間たちを見上げていることしかできない。

 

 よく、”芸術は人を救う”というようなことを言うアーティストがいる。僕はそういう連中を好まない。そういうアーティストは、紛い物か、控えめに言っても、あまりにも傲慢だ。なぜなら、”芸術は人を救う”という発言は、より正確に言うのであれば、”(私の)芸術は人を救う”という発言に他ならないからだ。それは、自分を神にも等しい存在だとする、甚だしい思い上がりだ。

 芸術家は、けっして神などでないし、また、芸術は人を救ったりしない。

 こう言うと、たぶん、”いや、自分は辛いとき芸術に救われた”とおっしゃる向きもいらっしゃるかと思う。それはそれで、結構なことだと思う。しかし、僕に言わせれば、それは”救われた”のではない。ただ、”気分を晴らしてもらった”だけだ。辛いことがあって落ち込んでいるとき、芸術を見て少しだけ心が癒される。そういうことは、当然ある。そしてすばらしいことだ。だが、それは”救い”ではない。

 僕自身、長いあいだ、自分は”芸術に救われた”人間だと思ってきた。(個人的には)いちばん辛かった時期に、クラシック音楽を聴いて、癒やされたり、慰められたり、鼓舞されたり、叱咤されたり、そういうことは、よくあった。そして、それがあったからこそ、生き永らえてこられたと、そう思ってきた。しかしよくよく考えてみれば分かることだが、音楽を聴いて癒される程度の傷は、ほんとうは、大したことはないのだ。芸術という”第三類医薬品”に頼らなくても、じゅうぶん自然治癒していく傷だ。そんな傷で、死んでしまうほど人間は弱くもないし、また強くもない。

 では、芸術が”第三類医薬品”だとすれば、”第一類医薬品”はなんだろうか。僕が思うに、それは”愛”だ!……

 と、言いたいところだが、違う。

 それは、あくまでも、やっぱり、またしても、どう考えても、残念ながら、”金”だ。

 芸術がなくても、愛がなくても、友がなくても、生きていける人間はいるだろう(もちろん、それらがないことを苦にして死ぬ者もいる)。しかし、金がなくて(つまり、まったく無一文。すかんぴん。すっからかん)、それでも生きている人間は、ほんとうにごくごく少数だ。少なくとも、今の先進国社会では、そういうことになっている。もちろん、物々交換による社会システムを維持している(遅れているのではない)社会が世界にあるとすれば、そこでならば金なしでも生きていけるだろうが、幸か不幸か、先進国の一員とされてしまっているこの日本では、苦しんでいる人を救えるのは、金を置いて他にはないのだ。

 しかし、それは絶対に、悪いことでも、汚いことでもない。

 金は、多くの人が思っているのと違って、実は、かなり無色透明なのものだ。

「買うとは、選択の自由のひとつのかたち、無限定の可能性の一形態だ。買うのを見あわせるという自由をも含めた可能性である。/だから、金は現実よりも清潔で、まぶしく美しい。それなのに私たちは、金は不潔だ、金はきたならしい、と感じることがある。もっとも、それはべつだん驚くべきことではなかろう、金もまた、私たちが手を触れるすべての記号――とりわけ言語――と同様に、美しかったり、みにくかったりする。」―佐藤信夫『レトリックの記号論』(p.142)

 貨幣経済を基盤としている社会では、金とは、その社会に存在するほとんどありとあらゆるものを意味している記号である、ということだ。そこには、「買うのを見あわせるという自由」も含まれている。ある意味では、金とは、持ち主の”ほしいもの”を意味する記号だとも、言えるかもしれない。もちろん、何かを買うためには、提示されているだけの代金を用意する必要があるし、結局は金で買えないものも、やはりあるだろう。(……いや、ないかもしれない。金で買った愛を、金で買った友達を、それでも愛や友達だと、心から信じることができる人間が仮にいたとすれば、それはきちんと、愛や友達を金で買ったことになるのではないか?)

 金は、万人にとって”救い”となることができるということだ。その意味内容には、”救い”の可能性もしっかりと、含有されているから。

 反対に、芸術とは、人びとから金を奪う。金を払わない客に演奏するミュージシャンや、物語を楽しませる小説家/映画製作者/マンガ家などは、なかなか想像もつかない。チャリティー・コンサートだって、一旦は、客から金を取り上げて、ちょっとした罪滅ぼしのつもりで、寄付するだけにすぎない。チャリティ・コンサートの寄付の対象になるような、ほんとうに”救い”を求めている人びとは、絶対に、チャリティー・コンサートに足を運んだりしない。というか、できないのだ。

 だからこそ、僕は、”芸術は人を救う”などというようなことを、軽々しく言ってのけるアーティストを好まない。というより、憎んですらいる。

 特に、天変地異が起こって災害が発生すると、欣喜雀躍として飛びついてきて(そう僕の狂った眼には見える)、”今度の作品は、災害をテーマにしました”とか、”被災者の救いとなるような作品を目指しました”とか、”災害をきっかけに自分の創作を見つめ直しました”とか言う奴ら、あいつらは、ほんとうに、許せない。腹が立つ。憤りを抑えきれない。そんなもの、食い物にしてるだけじゃないか。芸術なんて、ほんとうは下らないってこと、分かってるのか。災害の現場で、文字通り命をかけて戦っている方々に比べて、家でのんきにテレビを見て、創作なんかをのうのうとやっている人間は、絶対に、アーティストではない。アーティストで、僕と同じようなことを言ってくれるのは、せいぜい甲本ヒロトくらいしかいない。嘆かわしいことだ。

 (ちなみに、言わないほうがいいのかもしれないが、僕はここで、明確に『君の名は。』という作品と、新海誠について述べている。あれは、ひどい作品だと思う。作品だけなら、まだエンターテイメントとして上出来なものだったかもしれないが、新海は、震災の影響を明言してしまった。非常に罪深いと思う。その発言も、”入れ替わり”を駆使して、なかったことにできればいいですね、監督。)

 

 さて、感情の話から、ずいぶん脱線してしまったものだ。だが、そろそろ伏線を回収しなければいけないだろう。物語に登場した拳銃は発砲されなければならないと、ソクラテスだったかトマス・アクィナスだったかトルストイだったかチェーホフだったかが言っていたのだし。

 僕は、このブログを書いているとき、これっぽっちも、”救い”などということを考えていない。(もちろん、このブログは誰が見ても芸術ではない。僕だって、芸術作品のつもりで書いているわけではない。だが、形態は小説と変わらない。文字媒体だから。)僕のブログを読んで、お金儲けの作戦を立案できる人など、間違いなく存在しないからだ。(そもそも、書いている人間にも、一銭も入ってこない。)

 では、僕はどんなことを考えて、こう言ってもよいならば、目的にして、このブログを書いているのか。自分のため、というのは当然あるとして、数少ない読者に対してはどういう姿勢をもって臨んでいるのか。

 それは、僕の記事を読むためにかけた数分を、無駄ではなかったと思ってもらうこと、ただそれだけだ。

 僕はその程度の、カスみたいな目的が、アーティストのもつことができる、ただひとつの目的だと、そう信じている。少なくないお金を払って、少なくない時間を割いて(どちらも、人生においてあまりにも貴重なものだ)、自分の芸術作品を鑑賞しようと思ってくれた人に、少なくとも、少なくとも、少なくとも……、”無駄ではなかった”と、そう思ってほしい。”あーあ、時間と金が、もったいなかったなあ”、なんて思わせたくない。ほんとうに、それだけだ。

 それから、できれば、あくまでも、できれば、わずかでも、僕のブログから、読者が何かを得られたら、それは、比喩ではなく、飛び上がって喜ぶ。涙も流すかもしれない。どんなことでもいい。癒やしでも、慰めでも、励みでも、元気でも、勇気でも、やる気でも。たった一行でも、共感できる文を見つけてもらって、その文に出会えてよかった、と一瞬思えて、たとえ明日には忘れてしまっていても、一向に構わない。でも、僕は”あなた”のことを、いつまでも覚えている。

 そして、もし仮に、僕のブログが、誰かを”救う”ことができたのなら、そんなことは絶対にできないと、口を酸っぱくして言ってきたけれど、間違いと間違いの乗算が起こって正しいことになって、僕のブログで、誰かが”まだ1日くらいは生きていよう”と思えたのなら、”明日も頑張ろう”とだけでも思えたなら、僕は、”あなた”のために、あなたがそう思うためだけに、膨大な時間と、僅かな経験と、乏しい才能を削って、必死になって言葉を紡いできたのだと、そう断言してもいい。

梅の名所、京都の「城南宮」に行ってきた(写真2枚だけ)

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 梅が好きだ、桜よりも。

 梅の、地味さが好き。桜ほどにはたくさん花をつけないし、木も比較的こぶりだ。それから、木の形も好き。桜はどちらかと言うと、木の王道って感じの形をしている。根と幹が太くて、真っ直ぐに伸び、ほぼ円形に枝を広げる。けれど、梅は梅で、松の木みたいに、枝が細くて、くねくね曲がって伸びていて、実に雅だと思う。

 それにしては、今まで、いわゆる「梅の名所」とされている場所に赴いたことがない。ちょうど見頃だったから、今年は行ってみることにした。そういうわけで、京都で梅がきれいな場所をインターネットで探した。すると、城南宮という場所が一番有名で、写真で見ても一番きれいなようだった(城南宮についての説明は面倒くさいからwikipediaに譲ることにする)。

 ずっと行くつもりだったが、天候が芳しくない日々が続いて行きあぐねていた。花は、やはり青々と晴れ渡った空のもとで見るに限るのだ。しかし、花見というものは往々にして、今か今かと機会を窺っているあいだに時期を逃すもの。だから今日こそはと思っていた。午前中は晴天だったが、昼飯を済まして、さあ出かけようという段になって、先週とまったく同じように雲が垂れ込めて薄暗くなってきた。窓を開けて外に出てみると、かすかに雨が降ってすらいる。

 まただめだったか、と思い、諦めて、前日に借りてきていた『インターステラー』を見始めた。見るのは二回目だが、以前はTVのへぼいスピーカーだったのに対して、今回はそれよりは遥かにマシなスピーカーを用意した。宇宙船のエンジン音が腹に響く。しかしなかなか物語に入り込めなかった。出かけたいという気持ちを何日も持て余して、かなり煮詰まってきていた。それに、ちょっとした理由もあって、何としても今日、梅を見ておきたかった。無駄な1日が過ぎていく、と思って憂鬱になった。

 もう見るのをやめようかと思って、ふと窓外に目をやると、雲の切れ間に青い空が見え、春の日差しが差し込んできていた。考えるよりも先に身体が動いて、出かける準備を始めていた。

 

 地下鉄に乗って、たぶん20分くらい。竹田駅で電車を降りると、嫌な予感が的中して、家を出たときに温かく照っていた太陽は、どんよりとした雲に覆い隠されてしまっていた。それにしても、伏見はいつ行ってもどことなく陰鬱な雰囲気が漂っている暗い街だから、あまり好かない。晴れていても曇っているような気がする。

 駅からさらに歩いて、公式的には15分、しかし、たまにはスマートフォンに頼らずに行こうなどという気まぐれを起こしたせいで、恐らくはもっとかかった。途中で、明らかに道を間違ったという感覚があり、GPSで確かめると案の定、角を真反対の方向に曲がってしまっていた。軌道修正してからは、割りと早く着いた。

 灰色の鳥居をくぐって、境内に入る。さっそく、小振りな桃色の梅が一本、苔むした地面に植えられている。その周りには、当然のように、スマートフォンやら一眼レフカメラやらを構えた人びとが群がっている。一眼レフの青年などは、次から次と、ファインダーすら覗かずに撮りまくっている。これでは構図も何もあったもんじゃない。ご自慢の一眼レフも泣いているだろう。もはや何のために見に来ているのか、何のために撮影しているのか、何が楽しいのか、さっぱり分からない。

 しばらくそこにいて、それから有料の庭のほうに移る。受付の巫女さんに挨拶して、お金を払おうとすると、「ただいま100円玉が不足しております」という注意書きが眼に入った。ぜひとも協力したかったが、記憶が正しければ、今は100円玉はない。申し訳なく思いながら、500円玉を二枚出して机に置くと、「ちょうど頂きます……あっすみません。1000円お預かりいたします。……400円のお返しです」と言われ、(恐らく)なけなしの100円玉を4枚ももらってしまった。どうせ1000円なら札を出せば分かりやすかったのに、100円玉を探した勢いで小銭で払ってしまったのだ。罪悪感がさらに増した。だが、100円玉不足を補うどころか、むしろ不足を助長したのだから、反省して然るべしというものだ。

 チケットを受け取り、少し行ったところに設置してある机の上のパンフレットを取る。ただぼんやりと眺めて流れていくだけでは味気ないから、こういうものを手にとって読むのは大切なことだ。……結局、大して読まなかったけれど。

 

 先へ進むと、予想をはるかに凌駕する本数の、華やかな梅の出迎えを受けた。「春の山」と呼ばれている一角らしい。一面に桃色が充溢していて、ところどころに白色も滲んでいる。まるで桃色の絵の具を大きなバケツで空間に撒き散らしたかのようだった。そのとき、時機を見計らったかのように、再び太陽が顔を見せて、「春の山」を陽気に照らし始めた。何という恩寵。

 梅というともっと質素な印象を勝手に抱いていたが、なかなかどうして、ここの梅は、どちらかと言えば派手だ。桜並木にも匹敵する、と言ってそれが賞賛になっているかは分からないが。質素さのなかに落ち着きがある梅は素晴らしい、しかし、この梅も悪くない。

 狭い通路を聴衆たちが埋め尽くしている。皆、手にはスマートフォンかカメラを持っている。聞こえてくるのは、鳥のさえずりと、木々がそよぐ音……と言いたいところだが、ひとまずは、カメラのシャッター音と、直ぐ側の道路を通る車の音が聴覚を支配する。一旦落ち着いて、耳を澄まさなければ、心が洗われるような自然の音の数々を聴くことはできない。残念だが、それは仕方ないことだ。

 「春の山」というだけあって、大きく湾曲した通路のあいだが、少し高く盛り上がっている。そこに無数の梅が植わっていて、景色が桃色に霞んで見えるほどだ。向こう側の通路を行く人びとの姿が、盛り上がった土に遮られて、まるで顔だけが横滑りするように流れていくのが、何だかおもしろかった。

 突然、ひとつの梅の木の周囲だけを桃色の花びらが、まるでスノードームをひっくり返したみたいに、ひらひらと舞い落ちた。頭上を鳩と思わしき鳥が飛んで行ったのが、落ちてくる影で分かった。どうやらあの鳥が、枝から飛び立つときに花びらを雪と降らせたものらしい。そうか、花びらを散らすものは風だけではなかったのか。しかし、あの散り方は、風による散り方とはまた一味違って、ちょっと幻想的だった。

 何となく、全体の景色に見覚えがあった。はて何だろうと考えて、それがスキーに行ったときに見た雪景色であることに気がついた。高い山のてっぺんまでゴンドラで昇って、怯えながら、のろのろと滑り降りていったとき、急に周りに人がいなくなって、あたりに霧のような静寂が立ち込めた。見回すと、冬枯れの木々に、雪の花が満開に咲き乱れていた。それまで、スキーがつまらなくてすごく不機嫌だったのも忘れて、その景色のあまりの静謐さを恍惚として眺めた。あの満開の雪の花の木々に、似ていたのだ。

 

 それにしても、本当に、現代人のカメラ狂いというのは、どうにかならないものだろうか。彼らは、梅を見に来ているのか、カメラのファインダーや画面を見に来ているのか、まるで分からないほど、とにかくずっとシャッターを切り続けている。カメラを構えていないときでも、とにかく写真に撮って美しいかどうかというメガネでしか、景色を見ていないのではないかと思う。自分がいったいその場で何を見たのかというのは、ひょっとすると家に帰って、カメラをPCに接続して、撮影した写真を確認したときかもしれない。

 彼らにとって、美しい写真として還元できないものは、その場には存在しないも同然のだろう。そもそも、現代人は写真を評価しすぎている。結局、写真というのは、よほど上手に撮らない限り、文字通り「静止画」なのだ。しかし現実というのは、様々な要因によって刻一刻と表情を変える。たとえば、にわかに雲間から差し込んでくる日差し、可憐にさえずりながら喜ばしく飛び交う小鳥たちの群れの素早い動き、飛び交う小鳥たちが降らせる花びらの雪、小川を流れてくる泡沫と花びら、それからもちろん、小鳥のさえずりや木々のそよぐ音、梅の花の芳しい香り、などは、どれほど巧みな撮影技術を持っていたって、写真に収められるはずがない。追憶の引き金として、一二枚の写真を持っておきたいという気持ちは分かる。しかし、あれほどの写真の撮りまくりようでは、梅を見た思い出ではなくて、写真を獲った思い出しか残らないだろう。

 念のために行っておくが、写真愛好家の方々を侮辱する意図は、もちろんない。と言っても、たぶん説得力はないだろう。どう考えても、写真愛好家を攻撃しているとしかとれない文章だから。でも、ブログだし、好き勝手に愚痴らせてもらう。

 

 さて、梅を見に行ったのであるが、いちばん印象に残ったのは、実は、梅の景色ではない。――それは、椿だった。

 梅はもう十分見て満足したので、順路を先に進むことにした。でも名残惜しいので振り向き振り向きしながら歩いていくと、ふと、木漏れ日が差し込む苔むした地面に、数個の椿の花がぽつりぽつりと落ちているのが眼に停まった。「わざと落としたみたい」と他の客が言っていたが、まさにその通りだった。もちろん、それが自然に出来上がったものか、施設関係者がわざと作ったものかは定かではない。でも、たぶん自然に出来上がったものだったろうと思う。見上げれば、確かに木の枝から生えている椿があったから。

 苔に覆われた地面の緑色と、葉っぱが覆う空の緑色とに、椿がそっと艶やかな赤色を添えている。椿の花にとっては、枝につながっているか、枝から離れているかはこだわらないのだろう。彼女たちは、ただ緑色を背景にした自分たちの赤色の美しさのみを知り尽くしている。だからこそ、枝から切り離された、死んでいるはず花であっても、あれほどの生命感が漲っているのだ。それこそが椿にとっての生なのだ。むしろ、苔むした地面で赤く映えている椿の花のほうが、枝とつながっている花よりも、いっそう生き生きとしているように感じられた。

 

 椿の花と苔による、偶然できあがった芸術の鮮やかな印象を忘れられないまま、「平安の庭」と題された庭園へと移動した。こちらは、「春の山」の派手やかさと比べて、実に枯淡だった。目にうつるのは、灰色の砂利、松の木の黒い幹と深緑の葉、大きな池と散りばめられた岩、池へと控えめに流れ込んでいる小さな小さな滝、などなど。しかし、美しさという点では、少しも「春の山」に劣らない。

 庭というのは、まったくもって立体的で、なおかつ流動的だ。

 それはどの方向から眺めても、一幅の絵画を凌ぎ、けっして一定の構図に収めてしまうことはできない。もしそうしたら、庭から無限の広がりを奪ってしまうだろう。見るものが実際に入り込んで、自らが景色を造形することのできる、未分化の芸術空間、それこそが庭なのだ。そして、庭は常に、偶然にして必然の、自然の動きによって千変万化の表情を我々に見せてくれる。そこでは、天高く照る日も、垂れ込める雲も、突然降り出す小雨も、水の流れも、落ちた椿の花も、飛び交う小鳥も、鳥のさえずりも、木々の揺らぎも、すべてが芸術のひとつの要素として存在し、庭は、永遠に完成することはない。いわば、絶えざる創造が、そこにはある。

 

 見るべきものをすべて見終え、城南宮を後にした。太陽はもうすぐ山の向こうへ沈もうというころで、空気は段々と肌寒くなってきていた。しかし、心は温かい。

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