雑感など

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雑感

芸術の価値

およそ芸術と呼ばれるものの価値は非常に曖昧なものである。文学にしろ美術にしろ音楽にしろ、定量的にも定性的にも、その作品がいかに優れているかを客観的に分析し証明することは困難である。あるいは不毛ですらある。 僕がどれほどベートーヴェンの音楽を…

本当にやりたいことを判断できるかもしれない方法

若い人には、自分が「本当にやりたいこと」が何なのかが分からないという人が少なからずいると思う。僕はあまりそういうふうに思ったことはない。実際にそれをやれるかどうかはともかくとして、人生においてどうしてもこれをやりたいんだということは割りと…

芸術は「自己」の表現なのか?

芸術は「自己表現」だとよく言われる。 作者の頭や心のなかの思考や想念、イメージといったものが具体化されているものが芸術だという理解がその根底にあるのだろう。それはあるていど真実だと思う。実際、ピカソが描いた絵は「何を」描いていようがピカソ的…

天才は孤独だと言われるのは何故か

歴史上、天才と称される人たちの伝記をひもとくと、示し合わせたように「孤独な幼少期/青年期」を描いた章がある。そのせいなのか、「天才には必ず孤独な時期がある」とか「孤独が天才を生む」といった言い方がよくなされる。ひょっとすると、これらを真に…

オリジナリティとリーダビリティの境界で

ブログの記事の内容というのは、個性的でブッ飛んでいるのが良いとよく言われている。僕としても、時事問題や文化芸術などについて調べた情報を整理してわかりやすくしてある記事よりも(もちろんこれはこれですごく便利)、たとえば時事問題なら具体的な出…

「さて……」

以前、ある人がこのようなことを言っていた。 「歴史の授業ってよくよく考えてみるとすごく残酷だよね。だって、ものすごい数の人が死んでるのにどんどん先々進んでいくんだから。~~年に~~事件があって~~という人が殺されました。ハイ、それで……って、…

名文とはなんだろう

読書の楽しみについて語られる文章においてよく目にするのが、「文章(文体)を味わう」というものだ。その意味するところは、なんとなく「感じる」ことはできても、「理解する」までたどり着くことは難しいのではないだろうか。 「文章を味わう」というのは…

ライターズ・ブロックから考える、文章を書くことの意味

ライターズ・ブロックという言葉がある。すでにご存じの方には、説明する必要はないと思う。ご存じでない方は、それはとても幸運なことなので、知らないままでいたほうがいい(日本人が肩こりになるのは、日本語に「肩こり」という言葉があるからとかいう話…

自信がないなら死ぬしかない

僕は長いあいだ自分に自信がなかった。 人生においてなにかを継続したことがほとんどないせいだったと思う。小学生ころは友だちと遊ぶことばかりしていたし、中学生はみんな部活に入るなか僕だけ帰宅部だったので、友だちと遊ぶことすらなくなった。それで何…

責任について―恩寵としての責任、責任としての恩寵

人が生きていくうえで、責任というものはぜひとも必要だろうか。 それとも単なる重荷に過ぎないのだろうか。 そもそも責任とはなんだろうか。 僕のお気に入りの辞典『学研国語大辞典』は次のように定義している。 ①まかされて、しなければならないつとめ。任…

習慣についての覚え書き

習慣の大事さについての議論は各所でたいへん喧しく行われている。同時に、習慣をもつことの難しさについても、そこかしこで論じられている。習慣というものがもつ意味がそれだけ大きいということだろう。僕もいくつか習慣をもっているが、それらの習慣がな…

部分と全体―人生の算数についての一考察

”全体は部分の総和にあらず”という言葉をたまに目にする。たしか、外山滋比古『思考の整理学』で紹介されていた言葉だ。インターネットでもよく見かけ、”全体は部分の単なる総和以上のものである”とか、バリエーションはいろいろあるけれど、どれもだいたい…

気が利くひと

あなたにも、気が利く人と聞いてすぐに思い浮かぶ知人が何人かいると思う。僕もそういうひとが何人かすぐに思い浮かぶ。気が利くというのはどういうことか、ちょっとあいまいだけれども、たとえば、食事の席で空いたグラスを見つけて飲み物を注いであげると…

芸術が人を救うわけないじゃん、という話のはずだった

これまで、僕は、生活のありとあらゆる領域で、感情というものの価値を認めていなかった。たとえば、映画を見てに”泣けた”という人や、小説を読んで”共感できた”という人たちが、どちらかと言えば気に入らなかった。 僕は、むしろ思考を重視していた。映画を…

存在することの習慣

人は、生きているだけで他人を傷つけるものだと、よく言われる。 ほんとうにそうだと思う。 僕は、これまでの人生で、いじめをしたことはないとずっと思ってきたし、たぶんそのことを誇らしげに公言もしてきた。だけど、傲岸な僕は気づいていなかったのだ。…

The Tempo of Living(あるいは:ピアノ上達法)

ピアノを上達するために重要なことが二つあると思う。 一つは、毎日、欠かさず同じ練習を繰り返すこと。 もう一つは、毎日、違う練習をすること。 一見すると背反しているように思えるが、実はこれ以上の真実は(僕にとっては)ない。実際に、僕はこの方法を…

意味の世界は嫌いだ

何となくタモリさんのWikipediaを読んでいたら、「『意味性』のある音楽は苦手としており……」という記述があった。(タモリ - Wikipedia)ちなみにその記述の出典はここ(ほぼ日刊イトイ新聞 - はじめてのJAZZ。)。 この記事を読んで僕は思わず膝を打った。…

楽器が演奏できるのはいいことだ

僕は、ほんの他愛もない趣味程度に、かじる、よりは、なめる、といったほうが適当な程度にピアノを嗜んでいる。やっていて哀しくなるくらいに下手くそなのだが、練習しなければ下手くそ以前の屑で永遠に停滞したままなので、毎日少しだけでも練習するように…

追憶の海に溺れないために

人は事実をそのままに記憶することはできない。だから、思い出は人の数だけ存在する。そして、それゆえに思い出は美しい。そう、思い出の美しさ、すばらしさを口を酸っぱくして説くことは簡単だし、実に気分がいい。なぜなら、過去に価値を見出すことができ…

ことばと思考

「言語は存在の家である」というのはハイデガーの言葉だ。 昨今の言語学/言語哲学がもたらした知見によって、言語とは人間の思考を表現する道具である以前に、そもそも言語こそが人間の思考を成り立たせているということが明らかとなった。 これは考えてみ…

何かと武装をしたがる人

先日、ツイッターで回ってきた言葉で、読書をしたり映画を観たりする人間は全体の2~3%しかおらず、俺たちは異端児なんだぜみたいな、ことが載っていたのだが、なんだか自分を特別視して勘違いしてる人々はいるのだな、と感じた。そんな感じになってしまって…

2017年にやりたいこと

今週のお題「2017年にやりたいこと」 がんばって書こうと思ったけれど、どうしても文章にならないので箇条書きで。 読書 日本文学(近代)の有名どころを抑える できれば古典も(『平家物語』とか) 海外文学の有名どころを抑える 同時代の海外文学にも手を…

2016、断章

「さびしさは鳴る」。それを痛感しつづけた一年だった。 四月から新しい環境に移って、慣れ親しんだ人たちのあいだで温かい毎日を過ごす生活は終わった。新しい環境には、知らない人びとしかいなかった。それはこれといって辛いものでもなかったが、さびしさ…

最近の小説について

このあいだ、久々に本屋に立ち寄った。 次回の「週刊印象批評」で取り上げる作品を探そうと思って、新刊コーナーを物色しに行ったのである。 僕は、近頃の日本文学の動向にはちっとも明るくないから、平積みされている本の作者たちでも名前を知っている人は…

取り柄がないのは悲しい

僕は子供の頃から、特に何かをやるでもなく生きてきた。 そのときそのときは、それなりに楽しかったし、その点は別の後悔していない。たくさん面白い友達と出会って刺激を受けてきて、そういうわけでかろうじて今の自分がある。不思議といつも友達には恵まれ…

僕はフィクションが嫌いだった

中学生くらいまでの自分を振り返ってみると、いくつか言えることはあるのだが、最近ふと思い出したのは、フィクションを嫌っていたということだ。 どういうことかというと、書物にせよ映画にせよマンガにせよ(マンガはあまり読まなかったが)、ノン・フィク…

読書について考えよう

私は、比較的読書が好きだ。この「比較的」というのは、この場合とても重要な単語である。というのも、うっかり「私は根っからの読書好きです」などと言おうものなら、ホンモノの読書家諸氏からたちまちお叱りを受ける恐れがあるからだ。「月に何冊読むの? …

結局、文章をうまく書くにはどうすればいいのか

いわゆる「文章論」といった話題は世の中に溢れている。あるいは、「文章読本」と題された本は、谷崎潤一郎のものを嚆矢として多くの作家によって書かれた。 それらのほとんどは、内容が互いに食い違っていることがままある。 文は人なり。いやいや、そうじ…

価値観を持つという役割

私はいつも、なんだかひとかどの哲学があるかのようにもったいつけてブログを書いたりしているが、実のところ、悩まなくてもいいようなことについて延々悩み続けているただのくだらない人間だ。たとえそうやって考えたことのなかに微かな光を放つものがあっ…

仲間がいるというだけで

どんなにひとりが好きな人間だって、孤独が好きなわけではない。だれかに側にいてほしいと感じることだけが、孤独の証明ではない。孤独とは、この世の中で、自分だけが異常なのではないか、誤っているのではないか、おかしいのではないか、狂っているのでは…

したいけど、したくないこと

ゲーテの格言にこんなものがある。 「生活はすべてつぎの二つのことから成り立っている。したいけれど、できない。できるけれど、したくない。」―『ゲーテ格言集』高橋健二編訳(新潮文庫) ちなみに、潮出版社から刊行されている『ゲーテ全集』では次のよう…

文脈と関係性(あるいは:私が旅行を楽しめない理由)

まずはじめに、私は、旅行があまり好きではない。そして、そのことについてずっと考えてきた。なぜ、旅行を楽しむことができないのだろうか? と。世間一般では、旅行とは人生の大きな楽しみのひとつだとされている。綺麗な景色をみて、美味しい料理を食べ、…

映画のはなし

先日、はてなブログからメールがきた。過去一ヶ月間ブログを更新していない、さっさと次の記事を書け、とのことだった。最初はこう思った。うるさいな、そもそも最初は続ける気なんてなかったんだよ、このブログ、と。とはいえ、継続は力なりと人は言う。こ…

時々面倒になる

気の置けない仲間と遊んでいたり食事をしていて、場が最高に盛り上がったときに、ふと帰って本を読むか寝たくなるときがある。つまらない集まりから帰りたくなるのは至極当然のことだが、私の場合よりによって場が最高に盛り上がったときにだから、たちが悪…

会話プロレス論

会話はプロレスだ 私はなにかにつけて独自の理論を持ちたがる人間だ。というより、独自の理論をもったいつけて文章に仕立てあげたがる人間だ。そして、そんなふうにして仕立てあげた持論のひとつに、〈会話は「プロレス」だ〉というものがある。これをここで…

生きててよかった

タイトルから感動的な文章を想像した方、申し訳ない。今回もいつもの感じである。 長らく持ちつづけてきた考えなのだが、「生きててよかった」と「生まれてきてよかった」という言葉は、一見すると似ているがそこに秘められた意味はまったく違う。 人が「生…