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雑感など

内容の信頼性はこれを保証しない

仲間がいるというだけで

どんなにひとりが好きな人間だって、孤独が好きなわけではない。だれかに側にいてほしいと感じることだけが、孤独の証明ではない。孤独とは、この世の中で、自分だけが異常なのではないか、誤っているのではないか、おかしいのではないか、狂っているのではないか、という疑念からくる恐怖のことだ。だから、自分とは違う人たちに囲まれていたって、けっして孤独は癒やされない。むしろ、より孤独に陥っていく。

私は、もはや現実世界で仲間に出会うことがほとんどない。だからネットに入り浸る。なぜだかしらないが、ネットには仲間が少なからずいる。自分だけが孤独なのではないということを知ることができる。その仲間は、顔も名前も知らないし、会ったこともない。そして、たぶん一生知らないまま、会わないままで終わるだろう。というか、ほとんどの場合、ネット上ですらつながりをもたずに終わる。

なぜ、それらの仲間とつながりをもとうとしないのだろうか。おそらく、つながりをもつことで、それらの仲間が実は仲間ではなかったことを知るのが怖いのであろう。なぜなら、私にとって仲間とは、およそいっさいの人間関係を、多かれ少なかれわずらわしいと感じる人たちなのだから。それらの仲間は、つながりをもった時点で自己矛盾に陥って崩壊する。だから、つながりをもつことなど考えにも及ばない。

それでも、やはりこの世のどこかに仲間がいるということは、大きな励みになる。どんな偉人のどんなことばからも与えられることのない勇気が与えられる。ただ、仲間がいるというだけで、それだけでいい。そして、私も、だれかにとっての、顔も名前も知らない、会ったこともない仲間であれたらいいと思っている。そういうわけで、細々とでもブログを続けている。

このブログは、終末後の通信衛星みたいなものなんだろう。