雑感など

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ショートショート「お客さん」

 僕の家はいつもけっこうな散らかりようだった。

 母が物を捨てたがらない人だったので、本来ならばゴミとして家から追い出されるべき数々の物たちが住み着いていたのである。裏紙を裁断したメモ用紙や、なにかの景品でもらったボールペン、シャーペンなどの細々としたものから、とっくのとうに壊れて廃棄した家電製品の取扱説明書や、いつ買ったのか本人すら覚えていない胡散臭い健康関連の本といった諸々の冊子、あるいは宅配で届いたダンボール箱やお菓子が入っていたブリキ缶といったそれなりに場所を取るものまで、とにかく多種多様な物を、いつか役に立つかもしれない、という確かに誰にも完全に否定しきることはできない理由でとっておくのが母の習わしだった。僕や父がいくら言っても変わらなかった。

 それから、僕が捨てたものを拾い上げて、使わないなら頂戴、といって我が物にしてしまうこともしばしばあった。いつぞやなど、大学のオープンキャンパスを訪れたときにもらったが、けっきょくその大学には進学しなかったので持っていてもきまりが悪いと思って捨てたシャープペンシルが、いつのまにかリビングのペン立てに刺さっていたので肝をつぶした。しかも、そのペン立てには、すでに四、五本のシャープペンシルが備えられていたのである。

 もちろん、それだけで家が散らかることはない。ほんとうの主な原因は洗濯物だった。リビングのソファーと椅子のうちいくつかには、たたんだ洗濯物が常に積まれていたし、台所に入るためには縁に吊られてまるでのれんのようになっている洗濯物をくぐらなければならなかった。

 そんなふうな家ではあったが、極稀に、これはいったいどうしたことかというほどに、あちこちに陣取っていた洗濯物が姿を消し、無秩序に物が押し込まれていた棚にはレースのカーテンがかけられ、挙句の果てに、芳香剤の甘酸っぱい香りが家じゅうを満たすような事態が発生した。それは、つまるところお客さんが来るときであった。学校から帰ってきて、タタキにある家族みんなの靴が奇妙なまでに整列していて、玄関脇の戸棚のうえに真新しい芳香剤が恥ずかしげに置かれていたときは、それだけで来客の予定があることが即座に察せられた。しかも、片付けと言っても、絶対にお客の目に触れないような家の奥に物を隠蔽するだけのことだったのだ。こんな小細工はどう考えてもすぐに見抜かれてしまうのだから、この熱意をまんべんなく毎日に割り振ってふだんから小奇麗にしておくか、でなければきっぱり開き直って雑然とした家を見せびらかせばいいのに、と言っても母親はあくまで聞き入れるつもりはないようだった。なにか大切なお客が来るのであればともかく、たまに僕の友達がやってくるとなったときでさえそうであったから、その浅ましさが友達に感づかれはしないかとひどく落ち着かなかった。

 とはいえ、容易に予想されることだと思うが、僕自身にも母を責める資格などなかった。僕の部屋は、友人たちのそれにくらべて割りと広めだったが、二度と見返すことのない新聞の束や、読み始めから四分の一くらいのところにしおりが挟まった書籍などが、床のあちこちに無造作に散りばめられていたせいで、実際以上に狭い部屋に見えるほどだったからだ。それから、授業で配布されるプリントなどは、科目ごとにまとめて地べたに並べて置いておくのがある種の拘りだった。僕はこれを母によく非難されたが(うっかり踏むと滑りそうだと言っていた)、僕にとってはそれが「整理」だったのだ。そうして置いておけば、急いでいるときでもすぐに目当ての科目のプリントを見つけてぱぱっと持って行くことができるからだ。

 だがそれも実家にいたころの話だ。大学を卒業するとともに故郷を離れ、縁もゆかりもなかった土地で暮らし始めてからは、いつもすっきりと片付いた部屋で寝起きしている。それというのも、別に片付けの習慣がついたからではない。むしろ、元から整頓をしなかった人間が、会社勤めで毎日へとへとに疲れて帰ってくるのに、ちまちまと部屋をきれいにしたりなどするはずもない。単純に、物を持たなくなっただけのことなのだ。持てなくなったというのもある。物を買う金がないし、買いに行く時間の余裕もない。いまのところ部屋にあるのは、実家から連れてきたお気に入りの本十数冊が収められた小さなカラーボックスと、そのうえで食事をしたりパソコンをいじったりするこたつ机と、あとはずっと敷きっぱなしの布団だけだ。もともとテレビは見なかったので置いていない。せめて観葉植物でもあったら心が休まるかと思って、小さめの鉢植えを買ってみたこともあったが、世話などするはずもなく虚しく枯れてしまった。しばらくそのまま放置していたが、なんだか心まで茶色く萎んでいきそうだったのでお別れした。

 それにしても、それなりに物があるのに片付いている部屋と、そもそもの最初から物がないから片付いている部屋とでは、似ているようでまったく異なるものだと思う。ある友人は、部屋が散らかると心まで散らかっていくようで良くない、と言っていたが、疲れた身体で夜道をぼんやり帰ってきて、人間どころか物にすら迎え入れてもらえない空っぽな自室に足を踏み入れると、それはそれで、心まで空っぽなのが表れているようで嫌なのだ。近ごろは、物を捨てることが流行りのようだが、あくまで整理整頓をするという前提で、つまり計画的に物を配置する努力をするならば、やはり物はそれなりにあったほうが良いに決まっている。

 そんな空虚な生活を続けているうちに、実家を出ていってから二年目の夏がやってきた。去年の夏は、ほとんど休みがないのに新幹線に乗ってまで家に帰れるものか、と思って帰省しなかった。それで随分ぶつくさと言われたので、来年の夏はきっと帰ると約束してしまった。今年だって休みが少ないのは同じなので帰るのは渋々だ。

 父親が車で駅まで迎えに来ると言い張るのを、久々に帰るのだから懐かしい道を歩かせろ、といって断固として断った。さすがに二年やそこらの月日では故郷の風景は何も変わっていなかった。その割にとくに懐かしいという感慨もなかった。よくよく考えてみれば、僕はいま住んでいる場所の風景をゆっくり眺めたことがなかった。あまりに慌ただしく生きているので、どこかにしっかり目を据えるということをしていられないのかもしれなかった。懐かしさというのは、いまの風景と昔の風景のあいだに浮かび上がってくる感情だ。いまがないなら懐かしさもない。

 こんなことならば父親に車で迎えに来てもらえばよかったと思いながら歩いて、いつのまにか実家の戸口に立っていた。僕が乗っていた自転車がそのまま置いてあるのが真っ先に眼に入った。またしても母の悪癖か、と思ったが、見に覚えのない後ろカゴがついているのが見えて、母がそれを乗っ取ったのだということがわかった。僕が家にいたころは、母は歩いて買い物に行っていたのだ。自転車以外は、とくに変わったところはなかった。相変わらず雑草が生え散らかっている駐車場などもそのままだった。

 表の小さな門を開けて、玄関の扉の前に立った。気づくと左のポケットに手を突っ込んでなにかを探っていた。なにかがない。いったいなんだろうと思ったが、それは家の鍵だった。しまったと思った。そういえばいまの家に忘れてきてしまった。仕方ないのでインターホンを鳴らすことにした。自分の家のインターホンなど鳴らしたことがなかったので、その押し心地と、鳴った音が新鮮だった。ブツッという音がして、「はい」という父親の声がした。僕は一瞬、言葉に詰まった。インターホンを通して自分の家族と話したことなどなかったからだ。喉の奥から絞り出すように、「あの……」とだけ言って二の句を継げないでいると、マイクの向こうの男性が「あぁ、お前か」と言うなり受話器を戻すガチャッという音がした。二年ぶりにインターホン越しに聞く息子の声をすぐに聞き分けた父親に、妙に感心してしまった。

 なんだかどぎまぎした落ち着かない気持ちでインターホンの前に佇んで扉を見つめていると、見覚えのある人影がすりガラスの向こうにぼんやりと滲んだ。鍵をあける音がしてから、ドアノブが傾いた。開いた扉から父親が出てきた。

 「どうも」

 思わずそう言って会釈をしてしまった。父親は怪訝そうな顔をしてから、「久しぶりやな。まあ上がれや」と言って引っ込んでいった。

 肉親相手にまるで知人みたいな挨拶をしてしまったことにきまりが悪くなって、いったいどんな顔をして目の前の家に入っていけばいいのかわからなくなってしまった。そのまま一、二分くらい立ち尽くしていると、父親がもう一度出てきて「なにしてんの」と言ってきた。それで我に返って、そそくさと我が家に入っていった。

 タタキで靴を脱ぐ。なんだかよくわからない違和感がする。

 リビングに入っていくと、母親がテレビを見ながらお茶を飲んでいた。僕が入っていくなりくるりこちらを向いて、「あら、おかえり」と言った。僕は「うん」と言った。どうも釈然としない感じが拭えなかった。自分の家に帰ってきたという感触がまったくといっていいほどなかった。リビングのどこに落ち着けばいいのかわからずにしばらく突っ立っていた。母親に「座らないの」と言われ、口ごもりながら「どこに座ればいいかな」と答えると、母親は僕の口のあたりを指さして「なんか変な感じやわ、それ」と言う。「なにが」「あんたの口が喋ってるんとちゃうみたいや」「どうして」「なんでもなにも、関西弁とちゃうやん」。そう指摘されて、始めて気がついた。

 「ほんまやな……」そう言ってみても、なんだかだれかに背中から腕を突っ込まれて口をぱくぱく喋らされているような感じがした。母親は「なんやそれ。テレビのエセ関西人みたいやで。キモチワル」とおどけた声で言った。台所でお茶を淹れていた父親が、「関東に魂売ってもうたか」と笑いながら茶化してきた。が、僕はちょっと笑う気になれなかった。

 リビングでテレビを見ながら、まず仕事について話すが愚痴っぽくなるのでやめて、それから関東は物価が高いんじゃないかとか人は冷たいらしいなとかいかにも関西人が抱いている関東のイメージについてひとしきり話した。夏にも関わらず、熱いお茶がどんどん湯呑みから減っていった。とうとう急須が空っぽになると同時に話すこともなくなってしまったので、「ちょっと自分の部屋でも見てくる」とだけ言い残してリビングを後にした。

 ふたたび廊下に出たとき、はたと、違和感の正体に気づいてしまった。芳香剤の甘酸っぱい香りがするのだ。滅多と来ることがないお客さんが来るときにだけ漂っていた、あの精一杯の虚栄心の臭いが。とたんに僕はどうしようもなく寂しい気持ちになった。そういえば、タタキの靴はまるで軍隊みたいに規律正しく並んでいるし、どう見ても二、三日前に置いたばっかりとしか思えない芳香剤が薄くほこりを被った造花の影からこちらを覗いているし、リビングにはどこにもシャツ一枚見当たらなかった。ひょっとして最近、来客でもあったのだろうかと思ってはみたが、どう考えてもそれはありそうもないことだった。

 なんとも言えない、失望のような落胆のような感情を覚えながら、二階へと階段を上っていく。かつての自室の扉の前に立って、まさかこの部屋まできれいさっぱり片付いてはいないだろうな、と不安になった。恐る恐るドアノブに手をかけて、ゆっくりと回し、まるで防音の扉ででもあるかのように重々しく開けた。

 ひと目見て、少しだけほっとした。そこは完全に以前のままだった。机の上に置かれていた読みかけの文庫本などもそっくりそのまま放置されていた。だがどうにも嘘くさい感じがして、なんだろうとよく調べてみると、ほこりが一切被っていないことに気づいた。ということは、母親はそこにあった物は几帳面にほったらかしにしておきながら、ほこりだけは丁寧に拭っていたのだ。いかにも母親らしいという気がした。

 しかし、安堵感は長続きしなかった。しばらくかつてのままの自分の部屋を眺めていると、無性に気色悪い感じがしてきた。なんだか、他人の家に侵入して探索してみたらそこに自分の部屋があったという、そんな不可解なイメージが思い浮かんで、心から離れていこうとしなかった。あるべきでないものがそこに発見してしまったようで、実に居心地が悪かった。

 超満員の新幹線で移動して疲れていたので急に眠気が押し寄せてきた。布団を押し入れから引っ張り出してきて敷き、倒れ込むように寝転がった。だが枕に頭をのっけて天井を見つめると、潮が引いていくように眠気が醒めていった。どうしても落ち着かない。なぜ僕はこんなところで寝ているのだろうか、という気がしてならなかった。自分の家でそんな考えを抱くのはいかにもばからしいということはわかっていながら、身体が感じる違和感を打ち消してしまうことはできなかった。

 不愉快を感じて荒々しく起き上がり、窓を開けてベランダに出た。欄干にもたれて景色を眺めているとタバコが吸いたくなった。ポケットからタバコの箱を取り出して一本抜き出し、口に加えて火をつける。二、三回煙を吐き出して、ぼんやりと景色を眺めると、この景色もずっと見ていたはずなのに、どうも記憶のなかのそれとは違う気がした。そのとき妙な視線を感じて隣の家の庭を見ると、小さいころから知り合いだったおじさんが神妙な面持ちでこちらをぼんやり見ていた。反射的に会釈をすると、向こうも会釈を返すなりきびすを返して家に入っていった。またきまりが悪くなった。なぜだろうと思ったが、タバコの先からゆらゆらと立ち昇る細い煙を見てその理由がわかった。そういえば、このベランダでタバコを吸ったことはなかったのだった。とたんに隣のおじさんの顔がひしひしと思い出された。そうか、あれは悲しそうな顔だったのだ。

 僕は最初、故郷が変わってしまったのだと思った。故郷を失ってしまったのだと。しかしながら、いまこうして見慣れていた景色――瓦屋根の古い家、広がっている田畑、車もまばらな大きい駐車場、手押し車を押しながらゆっくりと歩いている老女性、四方をとりかこんで連なっていいる青々とした山の峰々――を前にタバコの煙を燻らせている自分の存在をまじまじと見せつけられて、いや、変わってしまったのは自分ではないか、失ってしまったのは自分そのものではないか、という気がした。僕はもう、この故郷にとって「お客さん」になってしまったのかもしれない。

 どうしようもなく寂しくなってきて、僕はベランダの床に力なく崩折れ、薄汚れた壁にだらりと身を委ねた。タバコの煙が目に染みて、乾いた痛みとともに涙が零れた。そのとき、ずっと遠くのほうから、空気をつんざくけたたましい音が聞こえてきた。それは、どこか遠くの家のベランダで布団を叩いている音だった。その音は、急激に僕を懐かしい思いで貫いた。ああ、やっぱり、僕の故郷は変わっていない。変わってしまったのは僕だ。僕はそう思って、また涙を流した。

 布団を叩く音は、いつまでも力強く、故郷の空に響き渡っていた。