雑感など

内容の信頼性はこれを保証しない

社会から認めてもらうためには眉毛に気をつけなければいけない

 実は僕には妙な癖があります。それは、眉毛を指で引っ張って抜いてしまうことです。調子の良いときは(?)、四、五本、一気に抜けることもあります。ほどほどにしないとそのうち眉毛がなくなってしまうのではないかと時々思いますが、あまりに呆気なく抜けていくのがなんだか軽妙で、入浴中などについついやってしまうのです。

 今日も湯船に浸かりながら無意識に眉毛を触っていたのですが、突然、なんでこんなところに毛が生えているのだろうかという疑問が湧いてきました。顔には、あと口ひげと頬ひげが生えますが、基本的に剃りますから生えっぱなしということはないですし、そもそも生まれてから高校生ぐらいまではツルツルです。その点、眉毛は生まれたときからきちんと生えそろっているし、ちょっと手入れするくらいで完全に剃ってしまうことはほとんどないのでひげとは違います。

 だいたい、身体で目立つ体毛といえば、上から、髪の毛、眉毛、腕毛、陰毛、すね毛となるわけですが、それらのなかで眉毛だけ異質です。その他の体毛は割りと広範囲にまんべんなく生えているものですが、眉毛だけはかなり一点集中です。しかもそんなところにある必然性はまったくない。産毛を除けばツルツルしている顔のなかで、眼の上数センチのところだけなんの脈絡もなく妙な形に毛がまとまって生えているのですよ。これは改めて考えてみるとなんとなく気色悪くないですか。

 でも、必然性がないというのはなにも眉毛に限ったことではなくて、私たちは生まれたときからほとんどみんな同じ形の身体をあてがわれているからなんの疑問も持ちませんが、べつに二本腕とか二本脚とかそれすらなんの必然性もないわけですよ。世界には脚が四本のやつとか八本のやつとか一本もないやつとかもいるわけで、まあ腕がある生物はなぜかみんな二本なんですけど、それにしてもいろんな形の生物がいて、みんなちゃんと生きていっているわけですよ。

 体毛だって全身生えまくっている生物もいれば、生えているべきところになんの因果か毛がまったく生えいていない人間さんだってたくさんいます。彼らだって日々を殊勝に生きている同じ人間なのですよ。そんななかで眉毛ごときあろうがなかろうが大した問題ではない。ところが世の中はたいへん窮屈にできているので、身体という常識を疑って眉毛をきれいさっぱり剃ってしまった人間はみんなに好奇の目で見られるし、下手をすると様々な局面で不利益を被るかもしれないのです。まったく、世間とはどうしてこうも不寛容なのかしら。眼の上にたかだか百数本ていどの毛が生えているかどうかで、人間性が変質するわけないじゃないですか。頭だってそうですよ。髪の毛がないくらい何がいけないんだ。ハゲ万歳!

 というわけで、僕にとって無意識に眉毛を抜いてしまうという癖は笑い話でもなんでもなくて、基本的人権を持っている人間として社会から認められ、その権利を(あるていど)尊重してもらうためには死活問題なのです。このままこの癖をやめることができずにいずれ眉毛が一本もなくなってしまったら、僕を見た人は、「この人はきっと眉毛を抜く癖があるのだろうな」と忖度してくれることはなく、「うわ、眉毛全剃りて、コワ……」と敬遠するに違いないのです。一刻も早くこの癖をやめなければ、眉毛を抜く癖などというくだらないことで社会から爪弾きにされかねない。みなさんも、癖にはくれぐれも気をつけましょう。