雑感など

内容の信頼性はこれを保証しない

「生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」

 忘れられない記憶がある。ある雨の日のことだ。

 僕はそのとき高校生で、その日もいつも通り学校に行って、授業を受けて、それから電車に乗って最寄り駅まで帰ってきた。駅の構内を出ると、にわかにぽつぽつと雨が降ってきた。本降りになるまえにさっさと帰ってしまおうと、急ぎ足で駐輪場に自転車を取りに行った。自転車に乗って駐輪場を出ると、もうかなり雨脚が強くなっている。仕方がないので傘さし運転をすることにした。傘をさしながら片手で自転車をこぎ進めていくと、ひとりの小学生の女の子が前を歩いていた。傘をさしていなかった。そこには屋根があったのでまだ濡れていないようだったが、少し前方はもう雨ざらしの道である。

 僕の頭にはひとつの選択が浮かんだ。女の子に傘を渡すという選択である。だがそれは実行に移す前に差し止められた。そんなことをしたら不審者扱いされかねないし、第一、見知らぬ高校生から傘を渡されて素直に受け取る小学生はいないだろう、そう思ったからである。人助けをしようなどと思わないほうがいい、近ごろよく目にするようになったそういう意見になびいてそういう考えをしたのは間違いない。

 傘を渡すか、渡さないか、どちらの選択肢をとるべきだろうかと考えながら、ゆっくり自転車のペダルをこいでいるあいだに、僕は女の子に追いつき、それから追い抜いた。屋根がなくなる寸前で足を止めてためらっている女の子を見て見ぬふりする瞬間は心が痛んだ。だが女の子が視界から消えてしまったらもう葛藤もなくなった。渡さないのが正しい選択に決まっている、そう確信して僕はペダルをこぐ脚の力を強めた。

 後から振り返って、僕はどうして傘を渡さなかったのか、少なくとも渡そうとしなかったのか、非常に後悔した。実際、まさか不審者扱いされることはなかったろうが、受け取ってもらえない可能性は十分にあった。とはいえそのときはそのときではなかったか。べつに気にすることなくそのまま帰ればよかったのだから。それをなぜ僕は渡さないという決断を下したのか。単純に、臆病だったからだ。不審者扱いされて自分が不利な立場に陥るのが恐ろしかった。自分の善意からの行為が拒絶され自尊心を傷つけられるのが恐ろしかった。ただそれだけのことだ。どちらも自分の身を第一に考えていた。そもそも、傘さし運転は本来許されていない行為だ。そんなことに傘を使うのであれば女の子に渡してしまい、自分は大急ぎで家に帰りシャワーでも浴びればよかったのだ。

 なにもそこまで深刻に考えなくても、たとえびしょ濡れになっても風邪を引いたりはしないだろうと言う人もいるかもしれない。真相は不明だが、確かになんの実害もなく終わった可能性のほうが高い。それでも風邪を引いてしまった可能性はある。そうでなくても女の子は雨に打たれながら、傘に守られて悠々と横を通り過ぎていく僕や他の大人たちを見て、世界と人間のことが少し嫌いになってしまったかもしれない。子どもが世界と人間のことを嫌いになってしまうのは、風邪を引くことよりもより悪いことだ。風邪は薬を飲んで寝ていればすぐに治る。厭世観は根が深い。

 それらすべては何事も大げさに考える癖のある僕の勝手な推測に過ぎないが、そういった推測を度外視するにしても問題は片付いたことにはならない。少なくとも僕にとってはそうだった。あのとき、僕は雨に濡れて帰ることを余儀なくされている小学生の女の子を無視して通り過ぎたが、同時に、僕の心を訪れた最善の感情をも無視したのだ。自転車でさっさと帰れる男子高校生の自分と、小さな足取りでゆっくり家に帰らなければならない小学生の女の子、どちらが傘を持つことが最善か、それは考えるまでもないことだし、事実、僕は考えるまでもなくその最善の選択肢を思いついた。にもかかわらずその選択肢は黙殺されたのだ。

 後にある言葉と出会ったとき、真っ先にこのときの出来事を思い出した。「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」。哲人皇帝と呼ばれた、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの言葉だ。マルクス・アウレリウスは哲人皇帝と呼ばれたほど聡明な人物で、哲学者になることを望んでいた。しかし、ローマは彼の治世のほとんどのあいだ戦争状態だった。そして戦争の最前線で心身ともに疲弊するなか、彼は自分自身を鼓舞するために言葉をつづっていた。それが現在、『自省録』として多くの人に愛読されている。そのなかの言葉である。思慮深い人格を持ちながら、実人生においては必ずしも善人であることができなかった者であるだけに、いっそうの説得力をもってその言葉は僕の胸に迫ってきた。

 それから僕は、自分の心に自然と湧き上がってくる最善の感情を、できるだけ取り逃してしまわないように努力してきた。いつでも実行できたわけではない。嫌な思いをすることもあった。それでも僕は、生きているうちに善き人となりたいと思っている。自分の人生の忙しさを、他人の心を想像しようとしないことの理由にはしたくない。優しさは突然の発露などでは決してない。優しさとは習慣のことだ。高校生のころの僕は、他人のことを慮る習慣よりも自分の身の安全を確保する習慣のほうを数段強く持っていた。だから自分が濡れないために傘を握る手に力を込めることができた。もしそのとき僕が優しさという習慣を持っていれば、きっと迷うことなく傘を差しだしたことだろう。

 あのころから僕はどれほど優しくなれただろうか。善意を押し付けるばかりの迷惑な人間にはなっていないだろうか。そんなことをいくら考えても、あの日ずぶ濡れになって帰った女の子への償いにはならないけれど、次また同じような状況に出くわしたとき、自分の心に訪れる最善の感情を押し殺してしまわないように訓練し、そしてほろ苦い自己満足の混じった懺悔をするつもりで、ときどきあの雨の日の記憶を思い出す。